書評
「病理形態学で疾病を読む―Rethinking Human Pathology」―井上 泰 著
清水 誠一郎
1
1公立昭和病院・病理診断科
pp.419
発行日 2009年5月20日
Published Date 2009/5/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1413101750
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いささか乱暴ながら,世にいう理系をヒトとモノとの関係論,文系をヒトとヒトとの関係論と分類出来るなら「決定版! 文系の病理学!」。これが私の考えた本書のキャッチフレーズです(著者も出版社も絶対に受け入れないなとは思いますが)。また,日本語で文系の学問といった場合,文学,哲学,政治学,法律学,経済学,心理学など,多様な学問・(一部の)芸術が含まれ,いい換えれば叙情的なもの,合理的なもの,あるいは科学的思考法までが含まれますが,そのすべてが本書にはあります。
本書の対象は,生身の全体としての人間であり,そこから説き起こされる,医師をはじめとする医療従事者と患者との,ヒト対ヒトの関係論です。厳密な臨床医学的な記述,肉眼所見とルーペ所見を中心としたきれいな病理形態写真とその的確な説明,豊富な文献渉猟とそのユニークな紹介,著者の手による(かわいい,失礼!)イラスト,果ては小説化などで多彩に描かれています(もちろん最新の分子生物学などの成果も多数取り入れてあります)。本書の腰巻には「推理小説を読んでいるかのような病理学!」とあり,ネタばれになるので内容に触れることができませんが,「診断にいたるプロセス」はまさに名探偵の謎解きを思わせるスリリングなものであり,著者の明敏で合理的な頭脳を反映しており,一方,通常の病理学の本では触れられることのない患者さんの心の襞の奥にまで踏み込む描写,分析があり,これは後期エラリークィーンの描く1人の人間として悩む名探偵のごとき著者の姿を彷彿とさせられます。
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