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ここ5年ほどの間に皮膚科学研究に導入された進歩の中で,何が最もめざましいかと訊かれたら,私は迷うことなく遺伝子工学をあげる.私自身が身近に垣間見ることのできたSouthern blot法もその一つで,自分のテーマとは無縁であったが久しぶりに興奮を覚えた研究領域であった.今もよく判っていないと思うが,当初は制限酵素とかプローブとか難解な言葉が次々と出てきて,何度説明を聞いても全く判らなかった.集中講議をしてくれるというので,マンツーマンで5時間ほど実験手技まで教わったが,「よく判らん」というのが率直な感想だった.当時は病棟医長だったこともあって,入院症例をSouthern blot法で診断するというので,どうしてもある程度理解する必要に迫られ,受け身なのがいけないと思って,教科書や総説を読んだ.何度も繰り返すうちに,いま程度の知識を会得し,病棟の症例でSouthern blot法を用いた報告の英文論文を一応reviseできるようになった.それとともに,この手技がいかに素晴しいかを痛感させられた.今まで,病理学者の眼だけが頼りだった皮膚悪性リンパ腫が,きわめて説得力のある形で確定診断され,すぐさま臨床に反映されるわけで,その価値はきわめて高い.皮膚科領域では,この他にもHIV,HTLV-I,HPVなどのウイルスによる病変の診断,伴性遺伝性魚鱗癬やRecklinghausen病の遺伝子診断などにもすでに応用されている.プローブさえ出来ればさらにその適用範囲は拡大するものと思われ,蛍光抗体法以来20年ぶりに出現したepoch makingなtechniqueだと思う.
昨年11月に開かれた日本研究皮膚科学会のClinically Oriented Research Symposiumで,水疱症における遺伝子工学の進歩を発表したDr.Stanleyのlectureを聞きながら,私の隣に座っていたDr.Dahlが私にこう耳打ちした.「私ももう10年若ければ,絶対にこのexcitingな領域に飛び込んでいるね.」彼より丁度10年若い私は,“Sure”と答えながら気恥しい気持ちになった.研究には,いつまでもこのaggres-siveな姿勢が必要なのだと思った.
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