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論文のタイトルを決めるのはいつだろうか.すべて書き終わってからか,それとも書きはじめる前か.いずれにせよ,ほとんどの読者はタイトルでその論文を読むか読まぬかを決めてしまうので,論文を見てもらえるか否かはタイトルにかかっている.しかし,初心者ほどその重要性に注意を払わない.「…の1例」というありきたりのタイトルにしてしまえば,余程その疾患に興味がある人以外はまず読もうとはしない.「…に生じた…の1例」となると,珍しい部位,あるいは年齢に生じたのだから読んでみようか,と思う人がもう少し増えるに違いない.さらに,もう少し加えれば…,となっていくと,今度は長くなり過ぎてインパクトを失う.このようにタイトルを決めることは決して簡単な作業ではないのである.
こんなことを考えていたら,ふとある唄の題名が頭に浮かんだ.それは「First of May」という唄である.このタイトルは知らなくても,「若葉のころ」と言えば,ああそうかと思う方も多いに違いない.1970年代に青春を過ごした私には,ビージーズのこの唄は素敵な歌詞とメロディが相俟って,いつ聴いても懐かしさで胸がいっぱいになる.この邦題は,余りに感傷的だとの批判もあるが,歌詞の内容をよく表している秀逸なタイトルだと私は思う.この時代,洋楽のタイトルの多くはこのように日本語に意訳され,そこから当時の若者は曲をイメージしていた.もし今,「First of May」というタイトルで,この曲が発表されたとしたら,はたしてどうだろうか? たとえ流行したとしても,当時の若者がイメージしたような懐かしさを憶えたであろうか?「First of May」の歌詞の英語は極めて平易であるが,その意味するところを理解するのに,このタイトルはどれほど役立ったことか.このように短い言葉で,自分の意を伝えられたら,そして読んだ人の心に余韻を残すことができたなら,と思う.俳句や和歌にみる日本語の美は,そのようなムダを削ぎ落としたところから生まれるということを思うのはそんなときである.
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