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レジデント契約更新(Residency Contract)
このように外来,コンサルト,講義,当直とあらゆる面で教育,訓練されて一人前になっていくレジデントであるが,3~7年(外科は7年生まである)の教育といえども,1年ごとに契約を更新しないといけない.この更新の審査は形式だけのものではなく,その知識,能力,進歩をあらゆる項目から評価され,学部教授会にて1人1人検討されて,晴れて契約が更新される仕組みになっている.当然のことながら,更新されないという場合もたまにある.学費を払っている大学生の進級とは異なり,給料をもらって見習いをしている身分であるので,更新されないということは留年ではなくてクビである.アメリカの医局入局は前述のように全国一斉のマッチングをして採用され,入局人数にも限りがあるため,一度クビになるとほかの医局への入局は難しい.クビになるのは年度末の5,6月で3月のマッチングはすでに済んだ後であるし,仮に翌年マッチングに申し込んだとしても,クビになった経緯を先方の医局に確認されるのは必須である.自由主義と実力主義のアメリカといえども,大学や病院など大きな組織の人事に関しては,才能だけではなく人格と協調性を非常に大事にする.それゆえ自分に合わない,ついていけない,問題があると思ったら,クビになったり事が大きくなる前に上の指導者(プログラムディレクター)と何度も相談して打開策を練ったり,やる気と努力を最後までアピールしたり,うまく横滑りできるように策を練るのが得策である.また,アメリカの教育は常にチャンスを与えてあげようという姿勢の上で行われているので,ある日突然クビになるなどという理不尽なことはなく,必ずその前に何度か警告の手紙や会議があるのも特徴である.しかし,それでもクビになるということはある.いや,現に私の周りでもそれは起こった.1つは皮膚科の中で,もう1つは外で.
6月のある日,朝の講義に集まった皮膚科レジデントの前に,オルルド教授がやってきて「Sが退職することになった.優秀な人であるが医師としては欠けている部分があり,私達はSを皮膚科医として社会に送り出すことに責任を持てないと判断した.とても残念だ.」と言った.当時1年生の私は自分のことで精一杯で知らなかったのだが,Sはすでに警告を受けて1年間の観察期間中の身であったらしい.自分たちがクビになる可能性のある身分だったとは露とも知らない私たち(いや私だけかもしれないが)は,ただただショックだった.Sが今後皮膚科医になれる可能性はほぼゼロであろう.Sはその後,配偶者とともに医局に嘆願しに来たが,さすがの仏のオルルド教授も,教授会で決まったことを覆すほど甘くはなかった.その数日後に,さらにショッキングな事件が起こった.私はその当時,ワシントン大学病院のローテーションをしていた.他科からのコンサルト依頼を終え,4時過ぎにレジデント部屋に戻った.水曜日だったので,次の日の講義の準備をしようと教科書を開いた矢先に,突然,院内放送が鳴った.緊迫した気配で,全員部屋のドアを閉めて指示があるまで一歩も出るなと言う.小さな6畳くらいのレジデント部屋に1人,ドアを閉めて待つこと30~40分.物音1つしなかった周囲に少しずつ音が戻り始めた.私も恐る恐るドアを開けて,数部屋離れた皮膚科秘書室へ駆け込んだ.皆も一体何が起こったか状況がつかめずにいたところ,秘書室の奥の主任教授室からオルルド教授が出てきた.「どこかの教授がレジデントの一人に射殺されたらしい.私の友人の病理の教授じゃないかと心配だ.」と肩を落として言った.実は,オルルド教授の奥さんがニュース速報を見て,あわてて電話をかけてきたらしい.彼女はSの退職事件を知っていたので,Sがオルルド教授を射殺したのでは,と思って気が気でなかったらしい.この頃,ちょうど離婚訴訟でもめていた私は弁護士を雇っていたのであるが,私の弁護士は「ワシントン大学で医者が射殺された.」とのニュースを聞いて,私が元夫に射殺されたのでは,と思ったらしい.結局,この事件は,契約更新できなかった病理のレジデントがレジデンシープログラムディレクターの病理学教授を射殺し,自分も自殺したらしい.しかし,教授室の密室の中で起こった事件なので,自殺を止めようとした教授が巻き添えにあったのか,本当に射殺されたのか,真相はわからずじまいに終わった.その後新聞で,その病理学レジデントが私と同じ外国人医師で,同じようにアメリカでレジデンシーを受け直していたことを知って,彼の苦労,焦燥,失望,無念さなどが分かると同時に,彼の周りにアメリカでの生き方を助言する人がいたならば結果はきっと違っていたであろうにと思うと胸が痛んだ.
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