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I.はじめに
薬剤性難聴は,薬剤の全身投与,皮膚や粘膜からの吸収,鼓室内への投与などで起こる。薬物性難聴は医原性疾患の1つであり,近年医療事故に関する一般の関心と知識が高まるにつれて,われわれ臨床医にとって薬物性難聴への対処がますます重要性を増している。
キニーネ製剤による一時的な難聴は既に1696年の文献にその記載がみられ1),アスピリンの前身のサリチル酸ソーダが可逆的な難聴を起こすことも既に19世紀末から知られている2,3)。そのほかに砒素化合物,重金属なども難聴を起こすが,今日最も問題になるのは,以前から抗結核薬として頻用されMRSAにも効果があるアミノ配糖体(ストレプトマイシン,カナマイシンなど),利尿剤(エタクリン酸,フロセマイド,ブメタナイドなど),抗癌剤(ナイトロミン,シスプラチン,カルボプラチンなど)の全身投与による難聴であり,他方,外耳道炎や中耳炎の治療に際して使われる抗生物質や抗菌剤の点耳薬剤,手術野消毒剤の使用による難聴などにも注意を払う必要がある。
手術野消毒剤による難聴は1971年に最初の臨床的報告がみられ4),その後多数の動物実験がなされている。しかし,蝸牛窓の透過性がヒトと実験動物では大きく異なるので,動物実験の結果を直接ヒトに当てはめるのは賢明ではない。
薬物の聴器毒性は,アミノ配糖体と利尿剤の同時使用で強く増強することが知られており,これは蝸牛血管条からのアミノ配糖体の透過性が利尿剤によって増強するためであり,他方,腎機能や肝機能の低下した人でも高度の難聴がみられるのは,薬物の血中濃度や内耳液中の濃度がより増加しているためと考えられている。騒音が薬物による聴器毒性を増強することも知られている。
薬物は内耳の蝸牛系と前庭系の両方に作用を及ぼすので,初期の臨床的徴候は難聴,めまい,耳鳴りであり,注意深い問診や聴力検査によって初期症状を見逃さないこと,前もってのインフォームドコンセントが大切である。
薬剤の全身投与による薬物性難聴は,必ずしも両耳同時に同程度に起こるとは限らず,難聴の進行速度も同様ではない。
近年アミノ配糖体に対する高感受性をもつ家系があり,母系遺伝をすることからミトコンドリDNA異常によることが知られて,改めて遺伝性の形質と薬物性の難聴の関連についての研究が脚光を浴びてきた。今後の学問の進歩が薬物性難聴の発現の解明とその予防に大きく寄与すると思われる。
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