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病院概史(その18)
吉田 幸雄
pp.2
発行日 1951年5月1日
Published Date 1951/5/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541200314
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1914年第1次世界大戰が勃發して,わが國は戰爭景氣に惠まれたが,1919年大戰が終えんするや,軍需景氣の反動として,当然世界的不況の波に襲われ,勞資の對立は激化し,1919年の大罷業頻發を生ずるに至り,政府は社會政策の強化を必要とし,勞資協調會の設立(1919),内務省社會局の新設(1923)があり,病院問題としては,赤十字病院,濟生會病院の公費補助による普及が促進され,民間では,進歩的資本家大原孫三郞氏の倉敷中央病院の創立(1923年)等が見られるようになつた。一方公立病院の經營については,青森縣立病院長鈴木三伯の主唱により,全國公立病院長會が結成(1925)され,公立病院の強化普及が叫ばれるに至つた。
公衆衞生の問題としては,1919年に結核豫防法精神病院法,トラホーム豫防法が制定せられたことは畫期的な公衆衞生上の社會施策の出發である。
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