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I.はじめに
動物界において,味覚は嗅覚と並んで食生活に不可欠な役割を果たしている重要な感覚である。これらの感覚は本来,食べられるものを選ぶためというよりも,むしろ食べられないものを忌避するために存在する感覚であった。現代のヒトにおいても,危険を回避することで生存にとって重要な感覚であることに変わりはないが,さらに一歩進んで味の文化に代表されるごとく,日常生活のQOLに大きく貢献している感覚である。したがって,味覚障害がもたらす影響は以前よりも大きくなりつつある。
実際に平成14年(2002年)4月1日から,厚生労働省が定める労災保険の障害等級認定基準の一部改正が行われ,味覚減退が補償対象として認められた。従来労災保険では,味覚脱失に限って第12級を準用しており,脱失にまで至らないものは障害補償の対象としなかったのであるが,今回の改正によって味覚減退に第14級が準用されることとなったのである。つまり,今回の改正によって,味覚減退が労働能力に影響を与える場合もあることが公的に認められたとも解釈できる。
ふり返って耳鼻咽喉科の日常臨床の現場をみると,依然として味覚障害の占める部分は少なく,特に一般診療所において味覚検査が可能な施設はかなり限られているのが現状ではないだろうか。このように味覚検査がなかなか普及しない理由の1つとして,現在国内で行われている味覚検査法であるペーパーディスク法を原法どおりに行うとかなりの時間を要するため,一般診療所では敬遠されがちであることが挙げられよう。一方で,より簡便な方法である電気味覚検査では,ある程度のスクリーニングにはなるものの,あくまで電気刺激による特殊な味覚であることから,労災保険の認定に際しても採用にはなっていない。しかし,潜在的な味覚障害患者の数は相当に多いことが予想されており,さらに富田1)によれば,味覚障害はわが国においては確実に増加していることが示されている。一般診療所の地元医療圏でも,難聴,めまいと同じ頻度で,治療が必要な味覚患者がいるはずであると述べている。このことから一般診療所においても,聴覚以外にもこれらQOLに直結する感覚障害の診断と治療に取り組んでいくことは耳鼻咽喉科の発展にもつながるものであろう。その際に問題となるペーパーディスク法の手技の煩雑さについては,富田1)が味覚検査の合理的省略法として紹介しているような方法(後述)を用いれば,検査精度を低下させることなくかなりの時間の節約につながるものと思われる。
嗅覚検査と同様に味覚検査法は,国際的に統一された方法がなく,本稿では現在国内において一般的に行われている味覚検査法である,電気味覚検査とペーパーディスク法について紹介する。併せて2002年に行われた労災保険の障害等級認定基準の一部改正(味覚減退の認定追加)について説明することとする。
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