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先天代謝異常の研究方向は大別して以下の2つとなる。1つは実際に患者を診断し治療する上でいかに救命し発育上のハンディキャップを最小限のものと出来るかという臨床的研究で,この面での成果として先天代謝異常に関する新生児マススクリーニングテストの普及や胎児診断技術の進歩,各種の補充療法や臓器移植,更には遺伝子工学を応用した発症前の診断法の開発などを挙げることが出来るだろう。Bickel (1953)以前は患者にとって生まれつきの疾患は,それを運命として甘受するしかないことであったが,フェニルケトン尿症の患者のためにカゼインを加水分解しカラム操作によってフェニルアラニンだけを除外した特殊食事療法を行って病状を改善させ得たBickelらの業績は「ヒトの遺伝形質を初めて人為的に変化せしめ得ることを示した」最初のチャレンジとして今でも高く評価されている。
一方,臨床的研究に対して疾患の生化学的・病理学的異常を追究せんとする立場がある。先天代謝異常についてこの方面の研究を行うことによって,各々の物質や代謝の1つ1つの過程がどのような生理的役割を荷っているかを明らかにすることが出来る。事実,先天代謝異常の症例の研究によって初めてその物質の代謝の生理的意義が証明された事例は決して少ないものではない。具体的な例として,先天性プリン代謝異常症の1つLesch—Nyhan症候群の生化学的障害がプリン体のサルベージ回路(図1)に在り,HGPRT活性が欠損した場合に殆んど例外なく患児の重篤な知能障害や特徴ある自傷行為(self-biting--発作的に自分の口唇や指先を噛みちぎる)を示すことが明らかになるまでは,プリンサルベージ回路は用済みで排泄寸前のプリン塩基をもう一度くみ上げて再利用するためだけにある経路としてしか認識されていなかった。プリンサルベージ回路の意義を明らかにするためには正常な個体ではなく,先天的にサルベージ回路の欠損した症例を研究する方が効果的であったといえよう。このような理由で研究者たちは「神の成し給える実験(Experiment by nature)」をフォローしていることになる。
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