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はじめに
COVID-19によるパンデミック状態にあり,病院への受診行動が妨げられる今日であるが,超高齢社会となった現代において,脊髄疾患に起因する神経障害性疼痛や変形性関節症による関節痛などの慢性疼痛に苦しむ患者は数多く存在する.疼痛はその種類により,侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛および心因性疼痛に分類され,それらが複雑に絡み合い,長期に残存し,慢性疼痛を引き起こすものと考えられる.疼痛は末梢のみの反応ではなく,中枢に対して影響を及ぼしており,その治療戦略は末梢から中枢において考慮しなければならない.現状では,脊髄後角細胞からシナプスを介して脊髄視床路に代表される疼痛受容に関わる上行路1)と,中脳中心灰白質を起始核として,大縫線核からのセロトニン系および青斑核からのノルアドレナリン系による疼痛抑制に関わる下行路2)において治療戦略が考慮されている.
近年,ヒトのfunctional MRIの研究から脳・視床下部は疼痛受容および抑制に関与することが報告されており3),さらに視床下部下垂体後葉ホルモンであるオキシトシン(oxytocin:OXT)が鎮痛・抗炎症作用を持つことが報告されている4-6).OXTの歴史は古く,1906年にDaleらによって妊娠と出産のプロセスを促進する物質として発見され,1953年にDu Vigneaudら7)はその化学構造を明らかにし,人類史上初のペプチドホルモン合成に成功した功績から1955年にノーベル化学賞を受賞している.OXTは,もう1つの下垂体後葉ホルモンで抗利尿ホルモンとしても知られるアルギニンバゾプレッシン(arginine vasopressin:AVP)とともに視床下部室傍核(paraventricular nucleus:PVN)および視索上核(supraoptic nucleus:SON)の大細胞性神経分泌ニューロンの細胞体で合成され,その後,下垂体後葉(posterior pituitary:PP)に軸索輸送・貯蔵,血管内に開口分泌され,さまざまな標的臓器に作用する8).OXTの生理作用は,子宮筋の収縮作用による分娩の促進,出産後の授乳時の射乳反射の惹起が有名であるが,OXTは女性だけでなく,男性にも血中に同程度の濃度で存在し,他にも多彩な生理作用を持つことが明らかになってきている.OXTの中枢性作用として,何らかの子育て行動に関与していること9),信頼形成やストレス緩和作用10,11),自閉症症状の改善に関与する可能性12),摂食抑制作用13)などがあり,そして末梢組織への作用として,射精,精子の輸送に関与していること14),骨形成15,16)および骨格筋維持に関わること17)などが報告されている.
われわれは,これまでOXTが持つさまざまな生理作用のうち,OXTの疼痛抑制作用について検討してきた.本稿では,OXTの持つ疼痛抑制作用の臨床研究および自験例を含めた基礎研究について概説する.
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