- フリーアクセス
- 文献概要
- 1ページ目
メスを持つ整形外科医にとって,避けては通れない問題の一つは術後の感染(SSI)である.手術によってSSIを引き起さないだろうか,これは疾患や術式を考えるうえで大きな不安要素である.いかに頻度は低いとはいえ,もしSSIが発生した場合,医原的感染・院内感染ではないかとの患者側の疑惑は,たとえ術前にどのようにその可能性を説明し,同意を得ていたとしても,昨今は係争になりやすいし,その対応は医師や病院にとってエネルギーの多大な浪費以外の何物でもない.また患者側にその気がなくても,疑惑を持たれているのではないかとの不安だけで医師は心理的に消耗させられる.
筆者が若かりし頃は,つまり30年以上前ではあるが,人工関節手術であれば予防的抗菌薬は10日~2週間も処方したものである.当時アメリカの論文ではすでに術後4~5日の投与でよいと言われ始めていた.しかしいくら何でもそれでは短すぎるだろう,アメリカは何という国だと思い,「安全弁」としての抗菌薬の投与期間を短縮する気にはなかなかなれなかった.そのうち多剤耐性菌が問題となり始めた.しかし漫然とした長期投与こそが犯罪的であるというまでの意識変化にはかなり時間がかかったと思う.当時,私は術野を満たす血液に抗菌薬が含まれていれば洗浄効果があるのではないか,そうであれば術直前に投与することが一番有効ではないかと考えていたが,手術場で若い担当医の分際で指導医や執刀医にそれを申し出て,麻酔科医に直前投与をオーダーすることはためらわれた.今日,術直前投与は必須であり,術後投与は人工関節手術ですら術後24時間で十分,術式によってはもはや術後の抗菌薬の予防的投与は不要というのが当たり前になりつつある.
Copyright © 2010, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.