臨床整形外科 45巻6号 (2010年6月)

誌上シンポジウム 整形外科領域における抗菌薬の使い方

緒言 浜西 千秋
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 メスを持つ整形外科医にとって,避けては通れない問題の一つは術後の感染(SSI)である.手術によってSSIを引き起さないだろうか,これは疾患や術式を考えるうえで大きな不安要素である.いかに頻度は低いとはいえ,もしSSIが発生した場合,医原的感染・院内感染ではないかとの患者側の疑惑は,たとえ術前にどのようにその可能性を説明し,同意を得ていたとしても,昨今は係争になりやすいし,その対応は医師や病院にとってエネルギーの多大な浪費以外の何物でもない.また患者側にその気がなくても,疑惑を持たれているのではないかとの不安だけで医師は心理的に消耗させられる.

 筆者が若かりし頃は,つまり30年以上前ではあるが,人工関節手術であれば予防的抗菌薬は10日~2週間も処方したものである.当時アメリカの論文ではすでに術後4~5日の投与でよいと言われ始めていた.しかしいくら何でもそれでは短すぎるだろう,アメリカは何という国だと思い,「安全弁」としての抗菌薬の投与期間を短縮する気にはなかなかなれなかった.そのうち多剤耐性菌が問題となり始めた.しかし漫然とした長期投与こそが犯罪的であるというまでの意識変化にはかなり時間がかかったと思う.当時,私は術野を満たす血液に抗菌薬が含まれていれば洗浄効果があるのではないか,そうであれば術直前に投与することが一番有効ではないかと考えていたが,手術場で若い担当医の分際で指導医や執刀医にそれを申し出て,麻酔科医に直前投与をオーダーすることはためらわれた.今日,術直前投与は必須であり,術後投与は人工関節手術ですら術後24時間で十分,術式によってはもはや術後の抗菌薬の予防的投与は不要というのが当たり前になりつつある.

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 感染症治療において,多くの抗菌薬が用いられている.これらの抗菌薬は従来,経験的要素によりその用法・用量が設定されてきたが,抗菌薬は個々に特徴を有しており,近年これらの特徴を理解したうえで,化学的に用法・用量を設定することが感染症治療上重要となってきた.本稿では,抗菌薬の適正使用と化学的な抗菌薬使用につき概説する.

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 骨・関節術後感染予防ガイドラインにおいて,インプラント感染に対する予防的抗菌薬投与が有効か否かについて,複数のエビデンスがその有効性を支持している.安全性,術中の汚染菌に対する抗菌活性,殺菌性,組織移行性の高さ,および安価であることが予防的に投与する抗菌薬に求められる要件であり,整形外科領域の手術部位感染の起炎菌に対する抗菌スペクトラムとともに,多くのエビデンスがセフェム系薬およびペニシリン系薬が第一選択薬となることを実証している.また,その際に選択すべき剤形については,一般的に予防的投与の有効性を支持する大多数のエビデンスが静注製剤を使用した検討であること,静注製剤のほうが骨組織への薬剤の移行が確実であることから,骨・関節術後感染予防ガイドラインにおいても静注製剤の使用を推奨している.

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 手術部位感染(surgical site infection)の予防に予防抗菌薬投与(antimicrobial prophylaxis,AMP)は有用である.使用する薬剤は,cefazolin(CEZ)を第一選択とし,麻酔導入時に初回投与,3時間ごとの追加投与が推奨される.投与期間は,術後24時間までで十分と考えているが,除圧術では術前単回投与,あるいは当日のみと短縮可能である可能性がある.しかしながら今後,compromised host(易感染性宿主),長時間手術例,生物学的製剤使用例については,なお検討を要する.

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 本稿では人工膝関節全置換術後感染に対する二期的再建術について,現在一般的に行われている骨セメントを用いた抗菌薬投与方法とその問題点,リン酸カルシウム骨ペーストを用いた局所への抗菌薬徐放方法の基礎的および臨床的研究と,われわれが行っている抗菌薬含有リン酸カルシウム骨ペーストを応用する方法について述べた.

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 最近3年間の化膿性脊椎炎の治療を検討した.画像診断はMRIが病巣レベル,範囲などの把握に優れ,第一に行われる検査となっていた.起炎菌同定には,血液培養だけでなく積極的に生検を行うことが文献学的に勧められる.保存的治療では複数の抗菌薬が併用されCRP陰性化までの期間が54日と以前の治療よりも短縮され効果を認めていた.抗菌薬使用は,PK-PD理論に基づいた投与法および併用による相乗,相加効果を生かした使用法が良好な結果となった.

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 筋骨格系結核患者数は強力な抗結核薬の出現により急速に減少している.したがって治療の機会が減少し,doctor's delayの症例が多くなっている.脊椎カリエスも骨関節結核も症状は急速には進行せず,疼痛も初めは軽度で変性疾患などとの鑑別が困難である.画像所見からの鑑別診断も可能ではあるが,確定診断は病巣からの菌検出か病理所見に頼らざるを得ない.診断が確定した後抗結核薬を少なくとも3剤以上を投与し,一定期間副作用の出現の有無を確認する.手術を選択したならば術後の抗結核薬の投与は必須である.術式により術後の投与期間は多少異なるが12~18カ月が適当と思われる.

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 術後感染症(SSI)の原因として非分解型ケリソンロンジャー(KR)内部の残渣に注目し,「非分解型KR内部には除去できない残渣が蓄積し,SSIの原因となり得る」との仮説を立てた.本研究の目的は,非分解型KR90例と分解・内部洗浄が常時可能な分解型KR94例との感染率の差を前向きに検討することである.SSIは非分解KR群で8例(8.9%),分解KR群で1例(1.1%)に発生し,発生率は前者で有意に高かった(p<0.02).非分解型KRの内部スライド部分の溝には,通常の洗浄・滅菌では除去し得ない細菌が蓄積し,SSI発生の要因となりうる.これは,脊椎外科特有のSSI発生要因であり,すべての術者が銘記すべきである.

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 Mayfield型頭蓋三点固定器の設置に伴う血管損傷などの合併症を予防するために解剖学的検討を行った.その結果,耳介先端部から眼窩縁を結んだ直線をX軸,それに直交する直線をY軸とし,耳介先端部を原点とすると,浅側頭動脈はX:2~4cm,Y:1~3cmで前頭枝と頭頂枝に分岐していた.骨が薄いのはX:2~7cm,Y:1~3cmであった.すなわち,耳介の前方部ではX:2~6cm,Y:3~5cmの範囲が浅側頭動脈の分枝の間であり,骨が薄くない安全域と言える.また,耳介の後方部は安全であると言える.

Lecture 整形外科がん診療の最前線

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 がん診療におけるPETの役割は,病期診断にはじまり,予後予測,治療効果判定,再発診断など多岐に及ぶが,骨軟部組織由来の悪性腫瘍に関してもそれに変わりはない.本年4月から肉腫に対するPETの保険適応が拡大されたことにより,整形外科領域の悪性腫瘍に対する使用頻度も高まると考えられる.本稿では,PETを依頼するにあたり知っておきたい一般的事項から,整形外科領域の良性病変や偽病変,代表的な悪性腫瘍に関する現状を概説した.

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 整形外科領域の腫瘍の放射線感受性は低いとされ(Ewing肉腫を除く),放射線治療(X線治療)の役割は限定的であった.陽子線治療(粒子線治療)は腫瘍に対して効率よく放射線を集中させることが可能であり,殺細胞効果の高さも加わり,従来,術後照射が中心であった放射線治療の役割を大きく変える可能性を有する.特に手術により,大きな機能障害を起こす症例や手術困難例に対し,粒子線治療は重要な役割を担うものと期待される.

連載 医者も知りたい【医者のはなし】・40

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■はじめに

 今回は本年4月号(45巻4号)で紹介したことを要約し,そのあと関寛斎(図1)が長崎から帰り,徳島藩医として過ごした後のことを述べる.

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 腰椎椎間板ヘルニアに対する経椎間孔アプローチの経皮的内視鏡下ヘルニア摘出術(以下PELD)とLove変法の手術成績を後ろ向き調査し,その侵襲性と問題点を検討した.対象は2007年5月から2008年5月までに施行したPELD12例とLove変法14例で,術前後のJOAスコアと改善率,手術時間,術中出血量,術当日・翌日の鎮痛薬使用量,術後入院期間を調査した.最終評価時の臨床成績に統計学的有意差はなかったが,PELD群は鎮痛薬の使用量が少なく,術後入院期間が有意に短かった.しかしexiting nerve root損傷を3例に認め,その適応と導入は慎重でなければならないと考えた.

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 ベタメタゾン懸濁液腱鞘内注射のばね指への臨床成績を61例65指につき調査し,治療効果と副作用をトリアムシノロンアセトニドの内外の報告と比較検討した.2回までの注射により平均観察期間25.9日の注射後最初の評価で89.2%に,同じく13.8カ月の経過観察で52.6%にそれぞれ有効であった.全症例で明らかな副作用は認めなかった.本邦ではトリアムシノロンアセトニドを用いたばね指腱鞘内注射の報告が大部分を占めるが,ベタメタゾン懸濁液腱鞘内注射もばね指治療に有用で,より安全な治療法である可能性がある.

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 上肢発症の壊死性筋膜炎を伴う劇症型A群溶血性連鎖球菌感染症の1例を経験したので報告する.症例は52歳の男性で,既往症に慢性B型肝炎と慢性ネフローゼ症候群があった.右母指に小さな挫創を受傷した3日後にショック状態で救急搬送された.壊死性筋膜炎の疑いで直ちに抗ショック療法と抗生剤大量療法を行ったが,病状は時間単位で急激に進行した.搬送から4時間30分後,救命のため肩関節離断術を行った.受傷部位の穿刺液の培養でA群溶連菌が検出された.本症の治療には迅速な診断と切断術も含めた早期外科的治療が重要である.

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 われわれは5椎体にまで及んだ胸腰椎損傷AO分類における胸椎C1.2.4 vertebral body separationの稀な1例を報告する.症例は27歳の男性でバイク事故により受傷した.X線とCT像で,Th5~9まで椎体から椎弓根にかけての骨折を認めていたが,神経症状は認めなかった.Th3~10までの後方固定術を施行し早期の離床を可能にした.AO分類では受傷機転によって詳細に分類されているが,この骨折は胸椎の解剖学的特徴と受傷機転から脊髄損傷を伴うことは稀である.よって早期離床のためには手術療法が望ましいと思われた.

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あとがき 吉川 秀樹
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 本年は,大阪大学の源流とされる適塾を開いた緒方洪庵先生の生誕200年を迎えます.昨年は,テレビドラマ『Jin-仁-』でも話題を集めました.洪庵は,ドイツの医師フーフェランドによる医師の心構えを説いた『扶氏医戒之略』を医師の心得として出版し,広く志を伝えました.「医の世に生活するは人の為のみ,己が為にあらずということを医業の本旨とす.」「病者に対しては,ただ病者を視るべし.貴賎貧富を顧みることなかれ.」などの有名な言葉が残っています.全国から洪庵を慕い多くの若者が集い,福澤諭吉,橋本左内,大村益次郎など幕末から明治維新にかけて活躍した多くの人材を輩出しました.また,当時流行した天然痘感染から人々を救うことに情熱を注ぎ,道修町に除痘館を開きました.やがて洪庵は幕府から請われて江戸城に入り,奥医師兼西洋医学所頭取となり,医師として最高の地位についたわけですが,自由に市中の人々と交わり,塾生たちと過ごした適塾での日々を懐かしんだそうです.その適塾は,今も大阪の北浜に現存しています.

基本情報

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臨床整形外科
45巻6号 (2010年6月)
電子版ISSN:1882-1286 印刷版ISSN:0557-0433 医学書院

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