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ある疾患について研究をすすめたり記述をする時に,症候,診断,治療,予防などについては余り迷いはないが,原因,成因,本態,病因,病態,要因,機序,誘因などの表現になるとその意味するところがばく然としてくる。単純な感染症のポリオを例にとると,発熱に続いて一側下肢の弛緩性麻痺と軽度の髄液細胞増多があった時,原因はポリオウイルス感染,病態は脊髄前角細胞の変性で麻痺はその結果という記述がある。同じく前角細胞の変性をともなう麻痺のウエルドニッヒホフマン病であれば,機序は第2ニューロンの障害で,原因不明とか,原因不明の遺伝性とか記載されている。しかし,原因は遺伝性で第2ニユーロンの侵される病態は不明と書くべきであるという意見を読んだこともある。腫瘍の場合には原因不明と記述されていることが大多数であるが,色素性乾皮症のように紫外線によるDNA損傷の修複機能障害が遺伝的にあり,外因としての紫外線が加わってはじめてがんを生ずる時,遺伝,DNA修復障害,紫外線暴露が悪性腫瘍の原因と書くか,紫外線は誘因と書くかなどの問題がでる。本誌の論文にみられる実験腫瘍でプロモーターなどは悪性化を促進するものであるが,それ自体はがん化をきたさないとすれば原因とはいい難い。しかし,現在,原因不明としている神経系の疾患には,このような2段,3段の要因が働いてはじめて発症するものがかなり存在するのであろう。原因の追求は予防治療を確立する上でもっとも重要であるが,複合を考慮しなければならない時,かなり難しい問題になろう。
もう一つの問題は,原因は同じでも理由のわからない個体の条件で全く異なる病像を示す場合がある一方で,全く別の原因が働いても最終的な病像は相互にきわめて類似し区別できない場合もあることである。奇形などは上記のどちらもよくみられる。胎生期に加えられたニトロソウレアは条件によって奇形,腫瘍のいずれも起し得るとされる。大量の放射線によって,奇形,悪性腫瘍,脳脊髄の変性をともなう脳内石灰化のいずれも起ることも知られている。オプソクローヌスをともなう小脳失調症では,小児であれば副腎等の神経芽細胞腫の一症状として注目されているが,これなどもいろいろな原因が似た症状を示す例になろう。何故小脳の機能が神経芽細胞腫で侵されるのかという問題は病態ということになろうか。失認失行のように大脳のどこがどうなった時にこうなるというような問題は症状の機序の問題として局所診断として訓練の要求されてきたところである。何が原因で,どうしてそこが侵されたかという次に来る問題である。
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