- 有料閲覧
- 文献概要
今月号の論文には,日常臨床に参考になる実際的な問題を含むものが多い。
小柏氏の「植物状態」に関する論文は,神経疾患を扱う医師なら誰しもが直面する問題について医学的分析を加えたものである。植物状態は,生活能力全般を包括した概念と思われるが,長期にわたっての医療を含む全身管理を要するため社会的にも大きな問題となっているところである。医師の承諾により人工呼吸の中止を認めるという判決日をめぐっての米国での議論が新聞紙上をにぎわしたことも記憶に新しい。植物状態の定義については小柏氏の論文に紹介されているが,明確な境界の定めにくい延長線上に位置する事例は非常に多い。いわゆる失外とう症候群や失脳状態,さらには白痴プラス重度脳性麻痺などの重症心身障害児などである。小児においては医療への失望や看護に疲れはてての末の心中や子供殺しなど,共倒れの家庭の崩壊につながる事例も時に経験されていた。そのような事態が重症心身障害児の対策を推進し,全国に施設が作られ,障害児を収容する多くの施設の建設へと発展した。現在,家庭から離して収容するあり方をめぐり議論もあるとはいえ,専念して養護にあたる多数の職員にかこまれて3年,5年とたつうちに,当初,予期しなかったような経過を辿る事例も稀ならず経験されている。そこには,疾患の性質そのものによる経過の差とともに,人間の脳と身体諸器官の機能の相互作用の多様性ともいえる事象が数多くみいだされる。経過栄養から介護による経口摂取,さらには,自分自身での接食への転換の過程で,適当な体位や反覆訓練のしめる役割り,外界の色や音に対する反応の変遷,prefered postureの変化など,従来の神経学の成書にみられないさまざまな病像の推移があらわれてくる。小児や老人には以前からなじみのあったこれらの事象が,交通外傷の増加や呼吸管理の進歩にともなって,全ての年齢層の問題として取り上げられるようになったことは時代の推移として避けられないことであろう。
Copyright © 1976, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.