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本誌22巻6号でお伝えした農薬水銀禍は,その後TheHuckleby's IllnessとしてN.Y.Times (8月10日)にとりあげられ,Dorothy 20歳の毛髪中の水銀量2, 436ppm—人体でかつて検出された最高値—にもかかわらず中等度の視野狭窄の他著明な神経症状を欠くこと,当時妊娠7カ月,毛髪水銀量308.1PPm,41歳のMrs. Hucklebyから産れた赤ん坊に目下のところ何等の異常をみないことなどが詳しく報道された。広島爆撃の数日前に原爆実験成功の舞台となつた地,Alamogordo,人類最初の原爆の犠牲となつた広島,長崎25周年を目前にして,その広漠たる原野に突然発生した奇病,生きる屍のごとき幼児たちをめぐつて,全米に捲き起こされた対水銀キャンペーンは恐るべき現実を次々と明るみにさらすことになった。
8月15日NBC放送ならびに各地の有力誌上で,米農相は登録された48種の水銀化合物を全面取消し,パルプ工場原料槽の殺菌に使用中のメチル水銀,塩素製造工程の電解電極中の無機水銀が排水に漏洩する可能性を厳重に監視する処置を公布した。これら一連の政府による対策は,主として法務局の断乎とした態度に貫かれたが,大方の識者のお気付のごとく,すでに5月4日Time(85p)ならびに各地有力紙により五大湖,ことにSuperiorとMichiganをつなぐSt, Clair湖の企業公害としての水銀汚染が激しく指弾され,北米における汚染地域の全貌が不吉な予感にみちた現実として明らかになりつつあつた。すなわち;北米は世界の水銀全消費量の1/3を消費,しかも全量の少なくとも1/4が何らかのかたちで水域に流れ出ること。したがつて過去70年間に,北米圏が,大自然の自己浄化作用を信じて疑わず放流をほしいままにした水銀総量は少なくとも4000万ポンド(全消費1億6, 300万ポンド),その大部分が既述のパルプに発生するカビの殺菌ならびに電極用であること。かくして,五大湖を源流とする河川で捕獲された魚類,ことに食肉魚として知られるパイク,ピカレル,パーチなどの水銀汚染は7-10ppm (WHO最低恕限0.05ppm)にも及び,主として湖底に沈澱した水銀は微生物を介しfood-chainをpass-upすることに濃縮され,漁獲の時点では4,000倍にも凝縮されうること。ことに,湖底の沈澱層が種々の有毒残滓によつて無酸素状態に陥る場合,水銀のメチル化が一層有効に運ばれること等々が繰返し警告されるに至つた。
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