海外だより
米国に発生した農薬水銀中毒—水銀中毒研究,最近の知見とともに
向井 紀二
1
Noritsugu Mukai
1
1Wesley C. Bowers Laboratory of Pharmacology & Experimental Pathology, Retina Foundation Institute of Medical Science
pp.750-752
発行日 1970年6月1日
Published Date 1970/6/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1406202743
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米国に起こつたあらゆる事件がまたたくまに太平洋を越えて日本に伝わつていく現実は,祖国を望見するわれわれにとつて驚異的にみえる。最近のCyclamate発癌説を例にとつてみても,FDAの発表後,わずか10日間で禁止措置がとられた現実はちよつと信じがたいスピードであつた。
したがつて,筆者がこの短信を利してお知らせしようとする米国における水銀中毒の家族発生についても,すでにご存知の方々も多いかもしれない。いずれにしても,New MexicoのかたいなかAlamogordoで発生した全家族潰滅の水銀脳症は,おそらく米国で最初に報道された農薬による公害で,あたかも全米がchemicalpollutionの問題でわきかえつているさなか,NBCが生々しい色彩で実状を放送したため,その反響は大きかつた。Medical World News 2月13日号はその汚染源を水銀殺菌剤Panagon (methylmercury dicyanodiamide)であることをつきとめ,メチル水銀を多量に含んだ穀類を飼料として与えられた多数のブタが,つぎつぎに異様な神経症状,すなわち"blind staggers"と表現された視覚障害,小脳失調などが著明にみられたため密殺,冷凍食肉として数家族の農民が定型的な水銀脳症におちいつたものといわれる。ことに若年者の症状は,われわれが水俣の袋港の寒村で見聞した脳性麻痺様の患者とまつたく軌を一にしたもので,decorticationあるいは全麻痺昏睡の惨状として伝えられている。
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