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あとがき
塚越 廣
pp.1284
発行日 1967年12月1日
Published Date 1967/12/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1406202325
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今年もあと残り少なくなつた。この1年を顧みて,心に残る論文を思い起こすと,虎の門病院神経科安藝基雄博士の「ドイツ医学採用に関するフルベツキ証言とその時代的背景」(日本医史学雑誌,13:1-34,1967)が浮かんでくる。いかめしい題名であるが,わが国にも参考となる示唆に富み,本誌の読者の目にふれる機会はあまり多くないと思われるので,その一端を紹介してみる。
まず,日本の医学教育は臨床より研究に偏している点に特徴があり,第二次大戦以後の急激なアメリカからの影響にもかかわらず,明治以来の伝統に根本的変化はなく,依然ドイツ流の哲学ないし体系によつて教育が行なわれているというJ.B.Bowersの報告をあげ,ドイツ医学採用当時の日本の医学事情を検討している。明治の始めにはイギリス医学に範をとるか,ドイツ医学に学ぶかの意見にわかれたが,真に学問的論議によつてドイツ医学採用が定つたものではなく,むしろ当時の天皇制確定を意図した政治意識が強く作用したとみられる点が多く,この政治意識は真の科学的精神の育成を妨げ,権威主義的な歪曲を学問の世界に持込んだという。
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