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或る臓器もしくは組織系統の腫瘍が組織的に多型性(polymorphismus)を示す事實は,格別腦腫瘍に唯1の具像を求めうるというものではなく,眼を轉ずれば例へば卵巣の充實性腫瘍(Miller)乃至は細網内皮系の腫瘍(Oliveira, Rössle, Roulet)や扁平上皮癌(伴,太田その他)も同樣にそのよき具體的足場を提供している。純粹に病理組織學的見地から眺むれば卵巣の顆粒細胞腫(Granulosazelltumor)の多型性は,腦腫瘍の多型性に或は必敵する疑義を含んでいるといえよう。しかも腦腫瘍の多型性は正直の所それを遙に見下すが如き複雜な且多彩の意味と疑問とに伴なわれている。確に時代の脚光がそこに焦點を結んだせいもあるであろう。然し本質的なものは別にひそむ。それは第1,に今尚幾ばくかの未開の原野を殘す腦の組織發生と構造に關係し,第2に臨床的就中腦外科的立場から發生部位を凌駕して組織的多型性が治療と豫後に重々しく君臨することに他ならず,第3にそれは一般腫瘍學の教える構造把握がいさゝか形をかえて腦腫瘍の構造分析に應用されたためではあるまいか。
もともと組織像の多型性は漠然とした内容をもつもので,安易に解すれば,要するに個々の細胞或は細胞相互の形成する集合體の單位(之を構成體Formationと云う)が腫瘍の全域に於て單調ではなく複雜に混交するのを意味する。安易さを1歩拔け出て,多型性の本態に突入すると實は甚だ整理に苦しまされる腫瘍の異型性(Kataplasie)の問題が出現する。異型性は色々に解釋されうるが廣義には腫瘍性増殖自體であり,正常の體細胞が腫瘍細胞へ變ずる増殖の過程そのものであろう。腫瘍細胞はたえざる旺盛な増殖,しかも嚴密に云つて正常の生理的増殖とは確實に異つた旺盛な増殖によつて特性づけられ,それぞれ腫瘍細胞としての生活現象を營み,短命にしてすみやかに次代への分裂に身をまかせるものもあり,又長命にしてやがて變性に陷入の,遂に死滅するものもある。腫瘍の組織像は全腫瘍細胞が營む腫瘍的生活の總和であり,その可視的1面に他ならない。從つて(1)その起源たる母細胞(Matrixzellen)の分化過程に於ける位置や(2)腫瘍細胞が生理的分化を模倣する程度や(3)出發點たる母細胞の單一でない事や(4)腫瘍細胞の生活現象中に於ける不き奔放性,無規則性等に左右されて,組織像は樣々な姿を帶びるに到る。出發點たる細胞の構造とその後の腫瘍細胞に見出される或は進行的或は退行的變化(之等を判然と識別するには異論もあろう)は,異型性の刻印下に腫瘍の形態學を決定する。悪性腫瘍に於ては多型性がそのまゝ異型性によつて示される。良性腫瘍な腫瘍としては異端者であり,むしろ筆者の見解からいえば畸型に近い。やむことなき増殖つまりは破壊的自律性が良性腫瘍に認められない限り,それは腫瘍としての意味に乏しい。忘れてならぬことは悪性腫瘍が必ずしも多型的であらねばならぬことはないという一事である。然し必ず異型的であり且その強さが目ざましい。廣義の異型性は多型性の上に立つ高次の概念であるが,狹義にとれば略兩者は内容を等しくするであろう。之はあく迄筆者の考えである。
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