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I.はじめに
機能性精神病の性質や原因についての科学的研究は生物的立場のみからでなく,社会精神医学的領域でも活発に行なわれ,その成果が過去20年間に大きく進歩を示すようになったが,それと共に,機能性精神病の分類が従来の各種の学派毎に異なるものでは研究成果を相互に比較することは極めて困難であることが認識されてきた。特に,うつ病については生化学,遺伝学,臨床精神薬理学の研究結果から,うつ病の同一下位分類の中にも明らかに他と異なる同質の一群が存在するらしいことが主張されるようになり,また発病前の生活上の出来事の社会学的研究の結果,環境因性のうつ病と内因性うつ病との二分法も問題視されるようになって,うつ病の分類には再検討が要請されるようになった。
このような背景のもとに,1970年代に入ってから,米国ではうつ病は一学説や一理論のみによるのでなく,精神生物学的見地から包括的に研究されるべきであるとの認識がつよまり,その研究の推進のためNIMH臨床研究部門の協同研究計画が発足した。すなわちpsychobiology of depressionの研究であり,その中の生物学的研究面では少数のすぐれた研究の成果を他の施設で再検討することが計画された。それにはうつ病の診断分類が研究者によって異ならないことが必要となる。従来の教科書や米国精神医学会(APA)のDSM-Ⅱ(Diagnostic and Statistic Manual of Mental Disorders Ⅱ),WHOのICD-Ⅷ,ICD-Ⅷ-CM(APA版,International Classification of Disease,Clinical Modification)による分類では分類基準が散文的で重複があり,false positiveな症例が多くなり,科学的研究には不適であるため,RDC(Research Diagnostic Criteria)が作成された。これによると同質の群が分類される率が高くRDC評価の信頼性は極めて高いことが実証されている。
またAPAのDSMにもこのRDCをくみ入れて,新しいDSM-Ⅲが作成されて現在使用され始めた。他方WHOの新しい国際疾病分類ICD-Ⅸ(1979より発効)もICD-Ⅷを改善し,新しい進歩に適合させたものである。WHOはまた1972年より,同一用語集を用いるうつ病症状評価のための目録を作成し,これが各国の研究センターの協力によって異なる文化圏に適用しうる充分信頼性のある評価目録であることを確認している。これはSADD(Standard Assessment of Patients with Depressive Disorders)尺度とよばれるが,今日国際的な生物学的研究や精神薬理学的研究に用いられている。上述の米国NIMHの研究プロジェクトでも,うつ病と精神分裂病のたあの目録SADS(Schedule for Affective Disorders and Schizophrenias)を作成し,RDCと共に症状と診断の評価に用いている。
以上の他にもヨーロッパではスイスのBasel分類やProf. Pichotの分類が知られているが,これらもAPAのDSM-Ⅲ,WHOのICD-Ⅸとの比較研究によってその有用性がたしかめられる必要があろう。DSM-ⅢとICD-Ⅸの比較,SADDとSADSの比較も既にその研究が行われている。この研究結果をもとにICD-ⅩとDSM-Ⅳを更に近づけたものにするため1985年を目標に現在その準備が進められている。
WHOのICD-ⅨとSADDを用いた研究は国際的なうつ病の比較,一般診療科におけるうつ病の頻度の研究,抗うつ剤の用量反応の国際比較の研究等に用いられ,その成果は既に得られつつあるが,米国NIMHのpsychobiology of depressionの協同研究は現在進行中であり,その最初の成果としてRDCが生まれ,DSM-Ⅲにくみ入れられた。本報告では以上の状況を主としてうつ病の診断分類に焦点をあてて述べるが,WHOの研究では主としてSADDの開発と応用,NIMHの研究ではRDC,DSM-Ⅲの作成経過と意義にふれることにする。
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