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I.はじめに
躁うつ病についての生物学的研究は,生体アミン,各種ホルモンの研究などを中心に,神経化学,神経薬理学,神経内分泌学などの各方面で,近年著しく発展してきている。また他方では,躁うつ病の異種性をめぐる遺伝生物学的研究,性格や発病状況をめぐる精神病理学的研究などの発展もあり,躁うつ病の成因についての総合的な知識が積み重ねられている。しかし躁うつ病の病態生理に関する神経生理学的研究は,他の研究領域に比べるとやや立ち遅れている感がある。
躁うつ病に関する神経生理学的研究において,観察の対象となる主な生理的指標は,脳波,誘発電位など「中枢神経系の電気活動」,筋電図,眼球運動,睡眠時の急速眼球運動,光眼輪筋反射などの「運動系機能」,心拍,呼吸,血圧,胃腸運動,皮膚電気反射,体表面微細振動など主として「自律神経機能を反映するもの」,「睡眠・覚醒リズム」などである。躁うつ病者におけるこれら諸指標の所見については,紙数の関係で筆者の他の総説(大熊,1972;1979)に譲るが,ごく概略を述べると(表1),たとえばうつ状態について従来報告されている変化は,昼間の脳波では睡眠波形が出現しにくく,閉眼時の速い眼球運動の出現数が多く,筋電図活動レベルが高く,体表面微細振動に速い成分が増加し,閃光刺激を反復したときの慣れが起こりにくいなどである。すなわち,精神面では抑うつ気分や制止(抑制)が存在するのに,神経生理学的機能の面では,少なくとも見かけ上は機能水準の亢進を示唆する所見が少なくない。このような所見の意味づけは,うつ病者の状態像(制止型,焦躁型,軽症,重症),類型(単極型,両極型),病期・間歇期などの関連のもとに慎重に行なわれる必要がある。
しかし,最近の躁うつ病に関する神経生理学的研究をみると,睡眠研究以外はあまり著しい進歩はみられていない。したがって,ここでは比較的新しい話題が多い睡眠研究に的をしぼって,躁うつ病の神経生理の問題点をさぐってみることにしたい。
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