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I.はじめに
多発梗塞性痴呆というテーマで以下述べてみたいと思うことは,老年期の痴呆の発症にあたっての血管性病変の果たしている役割,本症の痴呆の特徴,痴呆と脳病理との関連,原因などをめぐっての,最近の研究の動向とわれわれの研究の一端についてである。主として臨床-病理学的立場に立っての見方で,生化学,生理学的変化のような形態学の背景にあるメカニズムや,より臨床的な痴呆の治療や看護,予後についてはここでは述べる余裕がない。
脳動脈硬化性精神病あるいは痴呆の概念が批判され,医学のなかで最も頻繁にみられるmisdiagnosisであるといわれて久しく26),最近ではHachinskiの提唱したMulti-Infarct Dementia多発梗塞性痴呆17)という名称が好んで用いられるようになってきた。たしかに,脳動脈硬化性という形容によって包含されている疾患は,その名称の枠をはるかに越えてひろがり,正しい病理形態学の裏付けに欠けることによって,その名は不適当といわざるを得ないが,脳血管性痴呆か多発梗塞性痴呆かといった議論は,いずれにしても梗塞の原因が血管因性であってみれば,言葉の遊戯に等しく,実りあるものとはなりえない。しかし,世界的にはこの名称が広く用いられてきており,この論文でもそれに倣うが,意味するところは,脳血管性痴呆とほぼ同一の疾患と理解される。
しかしこれはあくまでも痴呆の話であって,頭痛,目まい,不安,焦燥,抑うつといった痴呆への前駆期にみられる症状のみの場合は,従来どおり狭義の脳動脈硬化症といわれる。また老年期での神経症,脳動脈硬化症,多発梗塞性痴呆の初期の3者の境界は必ずしも厳密に分けられるものではない。そのような3疾患の接した領域についての議論はこの論文では触れず,すでに痴呆の完成した,多発梗塞性痴呆について,テーマを限定していくことにする。
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