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I.はじめに
歴史を一べつしてみると,近代医学の発生までは,老年痴呆や脳動脈硬化症などの老年期の痴呆は,老年痴呆として一括されていたようである。動脈硬化症という言葉は19世紀になってからのことであり,老年痴呆senile dementiaという言葉はすでに紀元後2世紀より使われ出しているという1)。19世紀初頭,Bayleが進行麻痺を一疾患単位として認めて以来,50歳前の痴呆は進行麻痺として,60歳以降は老年痴呆として各々診断されるようになり2),ここではじめて,痴呆を分類する試みが現われてきたようである。しかしほぼ19世紀という時代は,痴呆患者をみれば進行麻痺か老年痴呆と考える時代であった。この時期を画したのは,1891年のフランスのKlippelが進行麻痺を3型に分け,その一つを“pseudo-paralysiegénérale arthritique”としたことである。この型が,今でいう動脈硬化性痴呆に相当しており,本症の初めての記載となった。これとは独立に,Binswanger(1894)が同じく進行麻痺より,脳動脈硬化性痴呆を分離独立させ,Alzheimer(1902)によって詳細に記載されることになった。またそれとともに,漠然としていた老年痴呆の分類もなされ,Kraepelin(1912)によって各々一つの疾患単位として,老年痴呆と動脈硬化性痴呆が区別されて記述されることになった。爾来60年にわたる間,老人精神医学の一つの課題はこの両疾患の臨床上の鑑別にあったといって過言でない。そして,たとえばどの精神医学の教科書にも両疾患の臨床症状の差異はあざやかに描き分けられているが,実際にはその鑑別はむずかしく,近年その鑑別への努力を放棄して,両者を一括したり,神経症状があれば脳動脈硬化症,なければ老年痴呆といった誤った考えがみられるようになってきた。
小文では,このような傾向への批判をこめて,剖検で確かめた症例をもとに両疾患の精神症状の特徴と鑑別およびそのむずかしさについて述べてみたい。
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