第6回精神医学懇話会 精神医学における人間学の方法
指定討論
霜山 徳爾
1
1上智大学文学部
pp.19-21
発行日 1968年1月15日
Published Date 1968/1/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405201280
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私は笠原先生の諸論に対して,3つの点に関して意見を述べさせていただきたいと思います。
まず,笠原先生がこんにちの精神医学に対する人間学の,いわば方法論上の意味というものを,きわめて適確にとらえられておられるように思い,賛同と敬意を表わしたいと思います。人間学的現象学的方法はけつして恣意や偶然から精神医学や心理学のひとつの重要な関心の対象になつたのでないのでして,人間を有機体として機械論的な対象概念に帰着せしめ,その個性を無視するようなさまざまな傾向に対して,人間をその個有の全き形姿において把握しようとするこころみが,同じ志向にあつた現代存在論と交渉をもつことになつたのだと考えております。べつに応用哲学というふうには考えていないのであります。人開学的現象学的方法は精神医学における一つの方法ではありますが,それは他の方法と並ぶ一つの方法という意味ではなくて,むしろ方法論の方法論ともいうべき,いわば精神医学の基礎論たらんとしているということがいえるのだと思います。その場合に「患者」であること以前の,まず「人間」というものと,「治療者」である以前の「人間」というものとがいかなる意味でかかわり合うかという問題をとおして,人間の現存在の基本的様式が考察されているわけで,それがふりかえられて,臨床や治療に豊かな意義や鋭い洞察を与えているのであります。それはけつして思弁的なものではないと思います。笠原先生が,精神医学者は哲学とのかかわりということをおそれてはならないということをいわれておりますが,私もそのとおりであると思います。
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