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I.ハイポキシアとATP供給
血流障害や外呼吸の低下でハイポキシアが一定の限度を越えると,エネルギーの源泉であるATP(アデノシン三リン酸)の供給障害を起こす。細胞内の呼吸に伴うATPの合成反応を酸化的リン酸化と呼ぶが,「呼吸と循環」の最も重要な目的はこの反応を遂行するためにある。この反応はミトコンドリアの内膜で行われる1〜4)(図1)。脳や心筋が特に酸素欠乏に極めて侵されやすい臓器であるのはその機能がミトコンドリアに依存しているためである。さらに脳では神経活動を支える膜のイオン勾配維持と神経伝達物質がATPの供給によって大きく支配されているために,ハイポキシア解消後数十時間後に起こるdelayed neuronal necrosis(DNN)が不完全脳虚血時の脳保護の重要課題となっている5)。
ATPとその原料のADP(アデノシン二リン酸),とPi(無機リン酸),一時的にATPの高エネルギーリン酸を貯えておくCrP(クレアチンリン酸)は31P核磁気共鳴(NMR)で非観血的に測定できる6,7)。図2には切断後の足のこれらのリン酸化合物の定量結果を示してある。図2の横軸は核スピンを持ったリン原子の化学シフト,縦軸は高周波の吸収の強さを示している。ATPのリン酸にはα,β,γの3種があり,2個のP原子に囲まれたβのPの化学シフトが最も大きく右端に位置している。ATPは直接のエネルギー源であるから,ハイポキシアではクレアチンリン酸がまず消費され,ADPをATPに再生し,ATPの分解で生じたPiが蓄積することになる。またATPの合成反応として効率は悪いが酸素を要しない解糖系が活性化されるので,乳酸が蓄積し,pHが低下してPiの化学シフトが図2の右側に移動しているのが判る。これがハイポキシァに伴う乳酸アシドーシスの原因である。図2で示されるようにハイポキシアによってATPの供給が低下しても,組織を1)低温に保存するか(低温下手術等),2)バルビタールを脳組織に加えるなど組織の活動を抑制するか5,8,9),3)細胞外液のNa+,Ca2+等の流入を抑制すればハイポキシアの回復後にも組織の蘇生が容易となる5,8,9)。この点については本文の終りに触れる。
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