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高地肺水腫(high-altitude pulmonary edema,HAPE)という病気をご存知でしょうか.心肺に異常のない健常者が海抜2,500m以上の高地に速やかに到達した際に発症する非心原性急性肺水腫,と定義されます.この高地に到達してもすぐに下山すれば発症しません.少なくとも2泊以上の高地滞在が必要です.したがって,わが国では,その大部分は北アルプスや南アルプスの縦走中に発症します.私どもの信州大学医学部が北アルプスの玄関口,松本市に位置することより,年間2〜3例のHAPEを経験します.頭痛や倦怠感などの高山病の症状が前兆として出現することが多いのですが,この時点で下山すれば軽快します.無理をして縦走を続行すると肺水腫になります.10〜20年前まで,大学の山岳部が活躍していたころは,スパルタ式に無理をさせたので,年に4〜5例は入院しました.最近は,文部科学省の登山研修所などでの指導が行き届き,具合が悪ければすぐに下山させますので,HAPEの発症は以前よりは減少しています.心配なのは,最近の中高年登山のブームです.教育を受けたガイドがリーダーでいれば問題ありませんが.また,HAPEは睡眠により増悪します.睡眠中の呼吸抑制が低酸素血症を増悪し,起床時に昏睡状態で発見されることがあります.
HAPEの発生機序は未だ十分に解明されていませんが,低酸素性肺血管収縮反応(hypoxicpulmonary vasoconstriction,HPV)が重要な役割を担っていることは間違いありません.私どもの成績ではHAPE既往者は,コントロール(高地に登山してもなんともなかった人たち)に比し,低酸素,低圧・低酸素(人工気象室による高地環境)および運動の負荷により,肺動脈圧および肺血管抵抗が有意に上昇しました.さらに,HAPE既往者では,低酸素吸入に対する換気量の増加(低酸素換気応答能)が有意に低値です.また,北アルプスの燕から大天井を経て常念に至る縦走コースで学術登山を行ったところ,HAPE既往者では2日,3日目にSpO2が有意に低値を示し高山病の症状を呈しました.これらの事実から,低酸素に対するHPVや呼吸応答に個体差のあることが示唆されます.以前より,高地に対する適応能力に種差があることはよく知られています.エベレストの峠を悠々と超えて行く鳥がいます.ナキウサギ(pika)という体重500gほどの,高地適応動物がいますが,ほぼ同体重のwisterラットと人工気象室を用い高地環境で成育し比較してみますと,pikaでは明らかにHPVが弱く,かつ肺動脈の壁が薄いことがわかりました.肺動脈にはHPVや様々な刺激に対するリモデリングに種差のみならず個体差がありそうです.
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