天地人
203高地
天
pp.767
発行日 1982年4月10日
Published Date 1982/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402217730
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もう慣れてしまったが,男の子がベートーヴェンのような長髪になるとは思いもよらなかった.そのような親父にとって,高校生の息子の長髪は不快きわまりない.だから髪を短くしろというと,息子が泣いて厭がるそうである.緑なす黒髪の乙女ではあるまいし,それで泣く息子もどうかと思うが,高校生仲間ではごく当り前になっている息子の長髪に目くじらを立てる親父の時代感覚にも首肯しがたいところがある.髪型などは,所詮ネクタイの幅と同じことで,是非善悪で論ずるものではない.単なる流行にしかすぎないことではないか.
夏目漱石の小説の挿絵にでてくる明治の乙女の髪形は,例の203高地と呼ばれる廂髪である.それまでは,娘は桃割,人妻は丸髷の時代だから,当時としてはモダンな髪であった筈である.しかし,その乙女が成長してというよりは年を老って,乙女の域をとっくにすぎてしまっても,彼女らはこの髪形を捨てられないでいる.大正・昭和となって,その時々のモガ達が,耳かくしとなり断髪となり,やがてパーマの時代になっても,明治の乙女は相変わらず203高地を頭にいただいている.その頃は,明治の乙女も流石に老女だから,昭和初期となれば,203高地は老女の髪形である.老女の髪形として定着したとすれば,それはそれなりに意味があるだろうが,それを目的として定着したのではない.
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