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心不全はあらゆる心疾患の終末像であり,その予後は著しく不良である.時代の変遷とともに心不全の病態に対する考え方や治療方針は大きく移り変わってきた.20〜30年前は心臓カテーテル検査による心機能評価が全盛の時代であり,強心薬による心収縮性の改善が肺うっ血を是正し低心拍出から脱却するのに大変効果的である様子が圧容積図面の考え方からも面白いように理解できた.このため,収縮性の低下や前負荷・後負荷のかかり具合を正確に把握し,それらを“正常化”することこそが,心不全治療の真髄であると大多数の循環器専門医が当時信じて疑わなかった.しかし,この“正常化”が曲者であった.大規模ランダム化比較臨床試験により,強心薬による慢性的な収縮性の改善は,過度な神経体液性因子の活性化を伴って,収縮予備能を使い果たし心筋を疲弊させ,予後を著しく不良にすることが明らかになった.一方,β遮断薬は逆に心筋保護的に作用し,心不全患者の生命予後を改善することが判明した.ではなぜ血行動態的正常化が,予後改善につながらないのか? この理由を洞察する基礎研究が数多く行われ,血行動態上の正常化は必ずしも心筋細胞レベルの正常化を伴っておらず,むしろ正常からは大きく逸脱していることがわかってきた.すなわち心筋細胞内では,心臓というマクロのレベルではわからない多くの重大な異常を生じていることがわかってきた.そのなかにカルシウム(Ca)ハンドリング異常がある.1993年にハーバード大学のモーガンらが,イタチのランゲンドルフ灌流心を用いて左室内圧とCaトランジェント(一過性の濃度上昇と下降)の同時記録を報告して以降,不全心ではCaトランジェントのピークが低下しており,さらには拡張期のCa濃度も上昇し,収縮・弛緩障害を来していることが判明した.このCaトランジェントを生み出すのが,細胞内の“Ca貯蔵ポンプ”である筋小胞体(SR)である.われわれの施設では約20年前より,不全心ではSRのCa放出チャネルであるリアノジン受容体(RyR2)の機能異常があることを報告してきた.不全心では,RyR2内のドメイン連関障害に基づく異常なCa漏出が拡張期に生じており,その結果,収縮に必要なCa貯蔵量が低下し収縮障害を来す.一方で,このCa漏出は遅延後脱分極(delayed afterdepolarization;DAD)を誘導し致死的不整脈の発症に関わることが判明した.
これらの知見を得るまでに約20年近くの年月を費やした.余談になるが,当初RyR2からの早いCa放出をモーションアーチファクトのために描出できず苦慮し続け,やっと描出可能となり論文化できたと思ったら,今度は遅いCa漏出の描出をまたもやアーチファクトが阻むといったことを繰り返した.多少疲弊した時期もあったが,それを乗り越えるとまずまず順調に事が進み今日を迎えている.最近では,RyR2からのCa漏出が筋肉以外にある種の脳神経疾患でも病態に関わることが明らかになりつつあり,RyR2への興味はつきない.
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