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話題
その後のBallistocardiography
Ballistocardiography
村松 準
1
Jun Muramatsu
1
1北里大学医学部内科学教室
1Department of Internal Medicine, Kitasato University, School of Medicine
pp.339-341
発行日 1972年4月15日
Published Date 1972/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1404202373
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ballistocardiography (Bcg)の臨床的応用には,1936年以降のI. Starrの努力に負うところが多い。しかし,Bcgにかんする理論的証明,記録装置,ならびに,バリスト波の成因などに統一性を欠く点があったため,その評価は論争されていた。わが国では,1950年ころ,Starrのもとで学ばれた笹本浩教授を中心に研究が始められ,1955年,monographが出版された(笹本浩,北田茂:バリストカルジオグラフィー・心弾図法,医学書院)。しかし,最近ではBcgは弘前大学大池内科の地道な研究を除けば,ほとんど忘れられてしまった感がある。1965年4月,Amsterdamで"The First World Congresson Ballistocardiography and Cardio-Vascular Dynami—cs"が開催された1)。この会において,大池教授,小野寺博士らは,von Wittern型Low Frequency Bcgによる肺高血圧症における平均肺動脈圧とNO, LM振幅の相関について報告し1),さらに,2nd World Congr.(1968)8)ではBcgのharmonic analysisならびにfactor analysisなどについて発表した。
心の外的仕事は,抵抗にむかう血流,流量,流れの加速などから評価される。
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