Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
動物実験においてもヒトの場合と同様に麻酔がはたして必要であろうか。動物がヒトと同様に疼痛を感じるのかどうかということは未だ明らかにされていないが,少なくとも高等動物,すなわち,鳥類および哺乳動物が疼痛を知覚し,疼痛のために苦しむという事実に関しては疑うべき余地がない。彼らは苦痛のために身悶えし,悲鳴をあげ,彼らに疼痛を与えている現実の,あるいは仮想の敵を攻撃しようとするか,またはそれらから逃げようとする。彼らの痛覚器官はヒトと同じ,あるいは類似した構造を示している。動物においてもまた過度に強い,長時間持続する疼痛はショック,さらには死へ導きうる。したがって,人道的立場から,また動物を実験中静穏に保つという意味からも,動物実験にさいしては麻酔の適応があることが分る。
手術の準備のために,また単なる診察のために,動物を動かないようにすることが必要であるが,そのために強制的に固定すること自体が動物に対して有害に作用する。すなわち,動物は限りない苦悶・恐怖に陥り,交感神経系が興奮するので,瞳孔が散大し,脈拍は数が増しかつ強盛となり,便をもらす。非常に興奮しやすい。自律神経系が不安定な動物ではこれがはなはだしく,交感神経系の興奮が極度に達すると,副交感神経系優勢の状態に逆転し,迷走神経緊張性虚脱に陥り,さらに死亡することさえある。このようなことは,カモシカのような野生動物だけではなく,ブタのような家畜や,スピッツ,chow-chow(中国産のイヌ)のような愛玩動物でも認められる。Heringは1916年に既に実験犬が麻酔前に興奮しているほど,早期に心臓死することをみとめており,Mullerは最近部屋に入って獣医を見ただけで,外見上は平静にみえるイヌの血圧が200mmHg以上に上昇することをみとめたと報告しており,またSelyeはラットを板にしっかり固定すると,stress反応の症状が全て現われ,そのために死亡することがあると述べている。
有効にかつ上手に麻酔が行なわれないと,企図した手術を遂行しえないことになるし,実験に適した麻酔剤・麻酔方法を用いないと,得られた実験結果はまったく信用できないものになってしまう。したがって,麻酔剤および麻酔方法の選択は大切であり,それ1回で終わる急性実験と,1回の実験後に動物を長く生存せしめて経過を観察したり,実験を同一動物でくり返して行なう慢性実験とではその選択が異なってくる。さらに実験の時間の長短むも選択に関係してくる。
Copyright © 1969, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.