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善養寺さんはこの道の苦労人である.この人と話をしていると,折にふれて聞く失敗談だの苦労話だのにしみじみと長年の経験と努力のあとを感じる.よき協力者坂井千三氏をえて完成された本書,これは角力でいうならば長年土俵の砂をかぶってきた行司が綴った角力の得技総覧とでもいうところだろうか.ハデな勝負をしているお角力さんに書ける代物ではないと同じように,この書は診療の表面に立って仕事をしているお医者さんに書ける内容ではない.病原菌検索一筋に仕事をしてこられた著者が,染色液でよごれた手で培地の臭のしみこんだ原稿用紙に日々の検査術式を丹念に書きつづられた生々しさにあふれた本である.
総論は腸管系病原菌の種類,感染像,菌の分類を各章に,血清学的検査法と薬剤感受性試験の各章,それに主体は第3章病原菌検索法で占めている.各論はコレラ菌,赤痢菌,サルモネラおよびアリゾナ,ウイダール反応,腸炎ビブリオ,病原大腸菌,ウエルシュ菌,ブドウ球菌の8章に分かれている.特定の病原菌の発見を目指して検査を進める場合は各論,1つの検体について総合的に検査を行ない,なんらかの病原菌を見つけだそうとする時は総論がそれぞれの目的に誘導してくれる.筆者のみるところでは,本書の最も秀れている点は諸培地および生化学試験の詳しい解説と意味づけである.筆者はかつてある培地製作会社の発行する宣伝雑誌の編集委員をしていたことがある.委員の仲間には細菌学特に臨床細菌,培地関係の当代一流の人たちがいた,編集会議の席上,培地の上で何菌が何故にどのような集落を作るものか,というような分り易い解説がほしいのだ,と私が度々言ったが,権威の先生方は“シロウトの言うようにカンタンにはいかないんだよ”ということでなかなか取上げてもらえなかった.そのシロウトの希望は本書にほぼ100%に果されている.毎日の検査,その意味をトコトンまで理解して仕事をするとしないでは能率も興味も著しく違ってくるはずである.本書はある培地のチョッとした色の変り方に至るまで,その理由と意味を親切に教えてくれる.培地の製法,保存,使用方法についてもただ一通りの記述ではない.こうすればこうなる,ああすればああなる,という風に正しい場合,ミスのおこり方が毎常書き加えられてある.この本を読んで,ああそうだったのか,と自分の失敗の原因をはじめて知る人も出てくるだろう.
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