一冊の本
「風貌」—(土門拳全集9巻,小学館,1984)
砂原 茂一
1
1国立療養所東京病院
pp.1453
発行日 1986年8月10日
Published Date 1986/8/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402220505
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ひとは年をとると大抵の場合「一冊の本」をもっていて立ちどころに提示できるものらしいが私は若い時から感受性が鈍いというか忠誠心に乏しいというか一冊の本,一人の人間に傾倒した経験がない上,老来関心が一層散漫となり人生の焦点そのものがボケてしまったので答に窮する.
したがって,知識や心構えのために繰り返し読む本ではなく,反対に,乱読に倦んだ時,気晴しにパラパラめくるものとして土門拳の写真集「風貌」でもあげるしかない.若い女性の写真ではなく,多くは60歳を過ぎた老顔の集まりだから若い人達の美的感覚を満足させるようなものでないことは致し方のないことであり,私自身にしても実際にはそれぞれの顔の背後にそれらの人々の作品や業績を見ているに過ぎないのかも知れないが,少くとも直接の関心は,このリアリズム派の写真が大写しにした顔のシワ,シミ,ヒゲそのものであるから我ながら索漠の感を免れないのである.
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