一冊の本
「二十世紀旗手」—(太宰 治,浮城書店,昭和22年5月発行,80円)
川田 繁
1
1聖マリアンナ医科大学・麻酔科
pp.1905
発行日 1985年10月10日
Published Date 1985/10/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402219990
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裏表紙に「1948.6.16著者失跡の報を見て」と私の字で記してある.小説家太宰治は,この月13日,降りしきる雨の中,玉川上水に入水し,1週間後の19日早朝,遺体が発見された.その日は奇しくも太宰満39歳の誕生日であった.「二十世紀旗手」は昭和12年に発表された小説である.この本には,本題のほかに,ダス・ゲマイネなど8つの短編が収められている.彼は戦前・戦中にも,既に多くの作品を残している.晩年,新ハムレット,正義と微笑,アルトハイデルベルヒ,教科書にも収録されている「走れメロス」(新潮,昭和15年)も.私が彼の小説にひかれたのは戦後間もないころであった.戦後の混乱のなかで私たちは,いわゆる活字文化に飢えていた.仙花紙の粗雑な本であっても飛びついた時代であった.戦いにうちひしがれ,目的と進路を見失って波に漂っている若者達にとって,感性に訴え,新鮮味にあふれ,ニヒリスティックな文体の小説は,彼等の心をとらえた.DAZAIはいまや青春文学として定着しているといわれる.当時,私もDAZAIの作品にのめりこんだ状態で過ごしていたのであった.はじらい,やさしさ,道化,与太,奉仕……これらを学ぶ,いや学ぶというよりも作品に密着し,真似ていたのではなかったか.太宰の死後既に37年,これまで数多くの太宰研究書が出ている.私も「太宰」と名のつく本の多くは買い求めては読み漁ってきた.いわば,わが青春の太宰治……であった.
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