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透析カテーテルの挿入部位についての選択に関する自己決定権を侵害されたという事例があります.糖尿病の女性患者が,慢性腎不全の急性増悪のために血液透析が必要となり,透析カテーテルを留置することとなりました.担当医は,内頸静脈に留置する方法について説明し,処置を開始したところ,誤って総頸動脈を穿刺し,カテーテル挿入後に気がつき抜去したものの,動脈縫合術のための醜状痕が前頸部に残ったというものです.原告らは,内頸静脈のほかに大腿静脈に挿入する方法があること,内頸静脈を選択した場合,動脈誤穿刺を100%回避することはできないことなどについて十分に説明すべき義務を怠った過失があるなどと主張し,慰謝料1,000万円などを請求しました.裁判所は,「カテーテルを静脈から挿入するに当たって,挿入が可能な静脈が複数ある場合,即ち,挿入する静脈に応じて複数の方法がある場合において,いずれの方法をとるかによって,予想される合併症の内容,危険性の程度等が異なるときは,医師としては,患者に対し,その合併症の内容,危険性の程度等を説明した上,いずれの方法を採用するかについて,患者に自己決定の機会を与える義務がある」とし,女性にとって頸部の醜状痕は精神的負担となること,大腿静脈への挿入も臨床現場では相当の方法として認められていることなどから,患者の希望を尊重すべきであるとしました.そして,本件では,挿入部位による合併症の内容や危険性の違いについて説明せず,患者の希望も聴取しなかったことから,説明義務違反を認めました(京都地裁平成19年11月22日判決).ちなみに,慰謝料については,20万円を相当としています.
カテーテル挿入部位は,医学的根拠に基づいて決定されるべきものであって,患者の好みだけで決定されるものではありません.ですから,担当医の判断が第一に尊重されるのは当然で,臨床現場では,患者の希望はいちいち聴取されずに担当医の判断に従い実行されることが通常です.ただ,問題は,複数の選択肢があり,患者が特別の希望をもっていた場合です.担当医が最良と判断しても,患者にとっては苦痛で耐えがたい方法かもしれません.また,複数あるのに1つの方法しか説明しなかったら,単なる医療慣行にすぎないのではないかという疑問を抱かれてしまう可能性もあります.もちろん,医師は,患者にとって最善,かつ,自分が慣れ親しんだ方法で挿入部位を決定すべきだと思いますが,医療水準を満たした複数の方法がある以上,それらの利害得失と自分がなぜその方法を選択したかの理由を説明したうえで,患者に自己決定の機会を与えたほうがよいと考えられます.
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