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問診は,われわれ医師が最初に行う医療行為であり,われわれは,「法的義務」などという認識は全くなく,ごく普通の業務の流れとして行っているのではないでしょうか.たしかに,問診を義務付ける明確な法律規定はありませんが,実は,診療契約に基づく善管注意義務(民法644条,656条)の1つと考えられています.
まず,有名な判例として「輸血梅毒事件」1)があります.1948(昭和23)年に,医師が職業的給血者に対し,単に「からだは丈夫か」と尋ねただけで採血し,直ちにその血液を患者に輸血したところ,その患者が梅毒を発症したケースです.最高裁は,相当の問診を尽くさなかったことが注意義務違背にあたると判断しました(昭和36年2月16日判決).判決では,①患者の身体自体から得られる所見以外の情報は問診によるほかはないこと,②梅毒感染の危険の有無は当事者のみが知りうる事項であり,梅毒感染の危険性のない給血者から輸血すべきであること,③省略した問診が慣行となっていても,それはただ過失の程度を判定するときに考慮すべき事項にとどまり,注意義務が否定されるものではないこと,④この職業的給血者は質問されれば真実を答えたというのであるから,医師が誘導して具体的かつ詳細な問診をすれば,梅毒感染の危険性を推知できた可能性があったこと,⑤医師は,生命および健康を管理すべき業務に従事するのであるから,その性質に照らし,危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるのはやむをえないことなどが考察されています.ただ,この事例は,「信頼するに足る血清反応陰性の検査証明書を持参し,健康診断及び血液検査を経たことを証する血液斡旋所の会員証を所持する場合」にあたり,医師にそのような場合にも問診を義務付けるのは酷だという意見もあります.しかし,裁判所の上記のような判決に至るまでの理論的考察過程は,十分な説得力があるのではないかと思います.そもそも問診は法的義務ではないという見解もあるようですが1),問診は,時に患者しか知りえない重要な情報を聞き出す唯一の手段となりますから,それをあえて十分に施行せず単なる慣行にすぎない問診を行った場合には,やはり注意義務違反に問われてしまう可能性も否定できません.つまり,問診のようなごく普通の業務の流れにも落とし穴が潜んでいることに注意が必要です.
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