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あとがき/投稿申し込み書/著作財産権譲渡同意書
高鳥毛 敏雄
pp.384
発行日 2016年5月15日
Published Date 2016/5/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401208438
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医学部に入った頃に,大学病院に青医連という組織がありました.卒業するほぼ全医師が加入していたようです.医局・講座と交渉して,特定の医局の人事に縛られずローテーション方式で医師研修を受けられる体制としていました.現在の医師の初期研修制度に近いものです.また医学部の中に教育企画調整室がつくられ,学生と教官が協働して医学教育カリキュラムをつくる作業も行われていました.
私自身は公衆衛生の道を選択したため,地方自治体の公衆衛生の現場で勉強することからはじめ,大阪府立成人病センター調査部,大阪府立羽曳野病院を経て,2カ所の保健所で保健予防課長として勤務しました.大阪府には7年余りお世話になりました.その後,大阪大学で20年余り医学生の公衆衛生教育を担当してきました.
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