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Ⅰ.はじめに
1951(昭和26)年,わが国では82.5%が在宅死であり,多くの人々にとって死は自分の家で迎えることが普通であった.1960年代後半,「寝たきり老人」が社会問題として注目されるようになり,1970年に65歳以上人口が7%を超え「高齢化社会」となる.1973年には高齢者医療費が無料化となると同時に,介護が必要な高齢者を預かる「老人病院」が急増した.食べられなくなると,身体のあらゆるところに針を刺され,チューブを入れられ亡くなっていく.「延命のための医療機器にとり囲まれて生きながらえる人間は,幸福といえるのだろうか.人が死を迎える最も大切なとき,人生の最後の幕を引くときは二度とない厳粛なときであるから,それにふさわしい環境が必要であり,そのためにあらゆる援助と努力が必要である」と内田(1981)は述べている.
高齢化率が14%を超えた1994年,筆者は青梅慶友病院(以下,当院)に就職をした.当院は1980年,「自分の親を安心して預けられる施設」を目指し開院した,当時でいう老人病院である.「豊かな最晩年をつくる」を理念に掲げ,老人病院の暗い・汚い・臭いの打破,身体拘束廃止,高齢者に相応しい医療の提供を念頭に不要なチューブケアは行わない.死をタブー視するのではなく,死を見据え最期のときをいかに輝かせるか,“生きていてよかった”と本人・家族が感じることができる対応を行う.そして,見送ったあとにかかわったすべての人々によき余韻があることを目指し,多職種チームで模索しながらケアを提供してきた.そのようななか,私は新しい老人看護をつくりたいと考え,2003年老人看護専門看護師(Certified Nurse Specialist in Gerontological Nursing;GCNS)の認定を受けた.
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