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はじめに
皆さんは、「最近の学生は、何回言っても伝わらない」「特性があるから、これ以上の指導は難しい」と、ついため息をつきたくなる瞬間はありませんか。
近年、学生の多様化や「合理的配慮」への対応が求められる中で、私たち看護教員は、日々指導の困難さに直面しているかと思います。しかし、その困難さの原因を全て学生側の問題として片付けてしまうことはありませんか。そしてそのことに、どこか言いようのないモヤモヤを感じてはいないでしょうか。学生を「指導困難」というラベルの中に閉じ込めてしまいそうになる時、実は私たち教員自身の思考もまた、そこで止まってしまっているのかもしれません。
教育と倫理は切り離すことのできない表裏一体のものです。教育者は学習者に対して一定の権限を持ち、その言動1つで学生のやる気を引き出すこともあれば、反対に深い傷を負わせることもあります。特に、指導がうまくいかない時にこそ、私たちは学生に向けていた厳しい視線を、自分自身へと向け直す勇気が必要ではないでしょうか。ドナルド・ショーンが提唱した「省察的実践者」という概念が示す通り、私たちは専門職者として、現場で起きる予期せぬ困難に直面した際、自らの行いを振り返り、修正し続ける存在であるべきです。
また、日本看護系大学協議会の「看護学教育における倫理綱領」には、大切な一節があります。「看護学教育に携わる教員が学生の人格と尊厳を尊重した教育活動を展開することにより、学生もまた、看護の対象となる人々の価値観を尊重することの重要性と必要性を理解し、高い倫理観を持つ専門職に成長することが期待できる。」4)という教えです。考えてみれば、私たちは「人を対象とする専門職」を育てています。だからこそ、知識や技術を教えることと同じくらい大切に、まずは私たち自身が倫理性を振り返り、自分の指導が誠実であったかを問い直す。そんな真摯な姿勢が、求められているのではないでしょうか。
「今の私の関わりは、学生の尊厳を奪っていないだろうか」
「私の教育観という偏見バイアスが入り込み、学生の可能性を狭めてはいないだろうか」
こうした問い(倫理的内省)こそが、行き詰まった指導を打破する鍵となるのではないかと考えました。そこで当校では、臨床現場で倫理的な葛藤を整理するために用いられる「四分割法」を、教員自身の指導リフレクションに応用する試みを行いました。
本稿では、この手法を通じて、どのように内省を深め、教員自身の倫理的感受性を養い、指導の質の向上を目指したのか。その実践の焦点についてお伝えしたいと思います。

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