言語聴覚研究 6巻1号 (2009年3月)

シンポジウム 脳病変による談話障害へのアプローチ

座長記 浮田 弘美 , 吉畑 博代
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 言語機能検査上ほとんど問題のないレベルに到達した失語症患者との会話に何となく違和感を覚えることがある.その逆に,言語機能障害があるにもかかわらずコミュニケーションがとれる場合もある.また,喚語困難や文法障害などを認めないにもかかわらず,互いに意思疎通が困難な非失語症の脳損傷患者に出会うこともある.これらの現象は,コミュニケーションにはいわゆる言語機能だけではなく,談話レベルの能力あるいは語用論的機能も関わっていることを示唆している.

 「語用論」とは,「実際的な,実用的な」という意味の形容詞pragmaticからできた英語pragmaticsの訳語である.語用論では単語や文といったいわゆる言語形式そのものではなく,実際の言語運用を研究対象としている.つまり,ことばが実際に使われている場面で,そのことばがどのような意図を伝えているかを扱う分野である.

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 失語症患者の会話特徴を語用論的観点から分析し,形式的言語機能の回復との関係について検討した.対象は,発話に重度の障害を呈した伝導失語1例および重度と中等度のBroca失語2例とした.手続きは,各症例と言語聴覚士の半構造化した会話をビデオに録画し書き取った.分析は,役割交替を促す話し手の発話表現,誘発型ターン末表現と発話を誘発しにくいミニマル反応の出現頻度を調べた.形式的言語機能については品詞の種類,文の発話数,長さについて調べ,語用論的機能との関係を検討した.その結果,形式的言語機能の回復に伴い,誘発型ターン末表現は増加し,ミニマル反応は減少した.これは語用論的機能と形式的言語機能が相互作用することを示している.また,発話の誘発には接続語,終助詞が重要であることが示された.

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 右半球損傷例のコミュニケーション障害を明らかにするために3つの談話分析についての研究を紹介し,それらの研究から右半球損傷例の談話障害の特徴を検討した.第1の研究は4こままんがの説明を自立語平均発話長と関連情報ユニット(CIU)を用いて分析し,第2の研究は健常群から得た基準命題数と右半球損傷群の叙述命題を比較して分析した.第3の研究は右半球損傷1例の命題分析で,その逸脱した発話特徴を検討した.いずれの研究も右半球損傷例の談話特徴を明確にすることが可能であった.右半球損傷群の談話は発話量には問題はなかったが,談話内容の意味的側面で整合性の欠如が認められた.それは,右半球損傷の空間認知障害や同時処理の障害などより絵からの情報収集が不完全で,その焦点が散逸的であり,情報の重要性の推論ができないことや全体を見てまとめ上げる能力が障害されているからであると考えられた.

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 本研究の目的は,脳外傷によるコミュニケーション障害における談話の結束性の処理について検討し,認知機能との関連を解析してその発生メカニズムを明らかにすることである.

 対象は,失語症を伴わない脳外傷患者45名で,健常成人30名と比較した.方法は4コマ漫画のナラティブ5話を用い,発話された語,命題,内容構成について量的観点と質的観点から分析し,認知機能検査の成績との関連を検討した.

 その結果,脳外傷群は健常群と発話量に差はないが,内容の適切性に問題があり,因果関係などを推論した推測文の発話率が有意に低かった.また漫画の起承転結とオチの表現も低下しており,談話の結束性の処理が困難であった.これらの問題は作動記憶や遂行機能の低下と関連していた.

 以上から,脳外傷の談話機能障害では談話の概念形成の段階に問題があり,訓練ではその基盤となる認知機能障害を理解し対応することが重要であると考えられた.

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 認知症における談話の障害は,理解面および産生面の両方に比較的初期から現れる.産生面では,喚語困難などの言語症状以外に,話の一貫性・論理性,話の繰り返し,問いかけに対する応答の適合性,話題の逸脱などの問題点が失語症との比較で明らかになった.しかし,こうした特徴は,認知の制約からくる問題点であると同時に,認知症患者が自己のアイデンティティや尊厳を保ちながら聞き手との会話を進めるためのストラテジーととらえることもできる.筆者らは,認知症患者の談話に介入するためのツールとして「思い出ノート」と「思い出スライドショウ」を作成し,1名の認知症患者との会話に用いてみた.これらのツールは記憶を補うのみならず,関連する記憶を呼び起こすきっかけとなる可能性が示された.また,談話への介入にあたっては,表面的な情報の正しさや即時の反応にとらわれすぎないことの重要性が示唆された.

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 脳損傷後急性期の言語障害スクリーニングテスト(Screening Test for Aphasia and Dysarthria:以下STAD)を作成しその有用性を検討した.STADは13課題で,言語検査,構音検査,非言語検査の3領域に大別した.言語障害が疑われる脳損傷例45例において,急性期にSTADを施行した.その後の臨床像より失語症,構音障害,失語症と構音障害以外の高次脳機能障害(以下,高次脳機能障害)の有無を鑑別し,鑑別診断に基づきSTADの結果を後方視的に分析した.失語症,構音障害,高次脳機能障害を示す症例はそれぞれ言語,構音,非言語検査の成績が低く,障害の鑑別に有用なカットオフ値とChronbachのα係数を得ることができた.STADは,脳損傷後急性期の言語障害スクリーニングテストとして臨床応用の可能性が示唆された.

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 喉頭全摘出術後に嚥下不能を呈した脳血管障害例を経験した.本症例は術後の食道括約機能が残存しており,経口摂取に必要な食道入口部の開大と食道通過は困難であった.そこで,喉頭全摘出術後に残存した食道入口部の括約機能に対して,知覚刺激の入力に伴う嚥下反射の惹起(以下,嚥下反射の誘発)を目的としたバルーン訓練法を実施した.その結果,輪状咽頭部から下咽頭付近でのバルーン拡張にて嚥下反射が誘発できるようになり,嚥下造影(VF)での嚥下動態の確認と嚥下直接訓練の開始が可能となった.また,嚥下直接訓練の食品に化学刺激を添加することで嚥下反射の遅延が軽減し,経口摂取能力の再獲得に至った.このことは,バルーン訓練法と化学刺激が術後嚥下反射の誘発刺激として活用できる可能性を示唆するものであった.また,術後の嚥下直接訓練の導入に関しては,永久気管孔や味覚障害を考慮した食品選定と化学刺激の工夫が有用と考えられた.

リポート「現場,最前線」

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 近年,失語症患者に対するノーマライゼーションへの取り組みとして,会話パートナーの育成が行われるようになってきた.失語症患者の会話パートナー(conversation partners for people with aphasia)は,失語症を理解し,失語症患者の話し相手となりコミュニケーションをサポートする者(Kagan 1998)であり,会話技術を身につけた家族や地域のボランティアがなることが多い.会話パートナー育成の試みは1990年代からカナダで本格的に始まった.わが国では,2000年に東京で初めて養成講座が行われて以来,自治体や県士会,有志の言語聴覚士らによって実施されるようになり,現在ではNPO法人として成果を上げている団体も出ている.

 本大学には構内のクリニックに言語聴覚センターが設置されており,そこでは小児から高齢者に至る幅広い臨床活動,地域医療福祉への支援活動,患者会の活動支援を行っている.同センターでは言語聴覚学科教員13人と専任の言語聴覚士5人が協力してこれらの活動を行っている.失語症の言語治療については,地域の患者を対象として外来による言語聴覚療法を提供している.本地域は自家用車が主な交通手段で近隣社会が重視される特徴があり,このような地域で失語症がある人が閉じこもりにならず,地域で自分らしい生活を生き生きと営めるようになるには,コミュニケーションのノーマライゼーションの推進が必要である.そこで,われわれは開学以来,地域住民と医療福祉の関連職種を対象としてさまざまな講習会と講演会を開催してきた.そのような活動の一環として,2006年より失語症会話パートナー養成講座を開始することとなった.

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Ⅰ.目的

 日本言語聴覚士協会は,臨床実習に関して会員を支援する目的で,2004年に「臨床実習マニュアル」を作成し全会員に配布した.4年以上を経過し,2005年以降の新入会員には配布されておらず,配布を求める会員の声がある.また,個人情報保護法の制定,倫理基盤の変化,専門領域の学問的,技術的進歩などに伴い「臨床実習マニュアル」の内容の加筆が必要となったため,改訂も視野に入れ,使用の状況と改訂内容に関する要望を調査した.

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テーマ 言語聴覚臨床のスコープ

 第10回日本言語聴覚士協会総会・日本言語聴覚学会は,2009年6月13日(土)・14日(日)に岡山県倉敷市の川崎医療福祉大学で開催させていただきます.メインテーマを「言語聴覚臨床のスコープ」とし,全ての分野における基礎的知識,最新の知見,臨床技術を学び,議論していただきたいと存じます.

 演題をご登録くださいました多くの先生方に心よりお礼申し上げます.口頭発表では音声や動画を活用した演題,理論的考察を含む演題を期待いたしております.また,ポスター演題は具体的資料をじっくり見せていただくうえでは適切な発表形式であると存じます.今回学会プログラム委員に各分野19名の先生方にご就任いただきました.演題の採否および配分について上記のような考え方で進めたいと存じますので,ご了解をいただきたいと存じます.また優秀なご発表については表彰を行いたいと存じます.

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 本協会は平成16年11月に言語聴覚障害学領域およびその近接領域に関する学術専門誌「言語聴覚研究」を創刊しました.本誌は各種言語聴覚障害の基礎と臨床に関する学術論文を掲載することになります.

 購読会員を募集していますので,下記のとおりご案内いたします.

投稿規定

執筆要綱

投稿誓約書

編集後記 藤田 郁代
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 米国におけるサブプライム・ローンの破綻に端を発し,世界は百年に一度といわれる経済危機に見舞われています.現代人のほとんどは,前世紀初頭の経済恐慌を実体験として経験していませんので,不安な空気が蔓延していますが,新しい価値観やシステムが【創】り出されるのはこのような混沌の中からであり,今は「時代の変わり目」なのかもしれません.

 言語聴覚障害学分野を振り返りますと,IALPやASHAが設立されてからまだ80年余であり,わが国に眼を転じますと言語治療を専門とする職種が見られるようになってから40年余しか経過していません.この間のエポックメーキングな出来事は言語聴覚士の国家資格化に伴い,日本言語聴覚士協会が発足し,学術・職能活動が組織的に行われる場が成立したことと思われます.このように,本分野は今後の成長や拡大が期待される若い分野であり,現在はその礎を築いている段階といえるでしょう.これを臨床面でみると,言語聴覚療法のエビデンスの蓄積を進めている段階といえます.

基本情報

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言語聴覚研究
6巻1号 (2009年3月)
電子版ISSN: 印刷版ISSN:1349-5828 日本言語聴覚士協会

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