言語聴覚研究 6巻2号 (2009年7月)

シンポジウム テクノロジーの進歩と聴覚臨床

座長記 廣田 栄子 , 城間 将江
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 聴覚障害を有する人々の医療・療育・教育に関するテクノロジーについては,近年,大きな変容と進展をとげており,専門家は絶えず最新知識と高度の技術への更新が求められている.そこで,聴覚障害を有する人々の生涯にわたってQOLを改善する視点で,これらをどのように駆使していくべきか熟慮を要する.すなわち,技術的進歩により改善した側面と,一方で支援の根幹をなす残すべき原理についての議論が重要になる.

 現代社会での情報通信処理技術の普及はめざましく,インターネット,コンピュータ,携帯通信を始めとして,視覚聴覚などのマルチモダリティーによる豊かな情報利用が拡大され,インターネットでは無限の情報収集が可能になった.このことは,これを使える人と使えない人との間に学習・能力格差や所得格差を生じ,それを低減するために障害者・高齢者を含むあらゆる人の情報アクセシビリティーの制限に関する法的整備がされるようになってきた.すなわち,ITの進歩は聴覚障害者の活動や参加の主要なバリアとなる情報制限を低減し,ノーマライゼーションに大きく貢献しているといえる.

医学的診断の進歩 福島 邦博
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 応用科学である医療技術の進歩には,常に先行して基盤となる科学技術のブレークスルーがみられる.また,医療技術は,①基礎段階,②実験段階,③普及段階の3つの段階を推移して臨床応用され,また,それぞれ①倫理性,②経済性,③実効性の3つの観点から評価されるべきである.今回,特に聴覚分野での新しいテクノロジーの導入である①難聴遺伝子診断,②新生児聴覚スクリーニングとその後の他覚的聴力検査,③画像検査の3つの診断技術について,これらの視点から整理し,今後必要とされる新しいテクノロジーについて考える.

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 聴覚障害の教育や臨床において使用されている聴覚補償機器について,テクノロジーとの相互関連について現状および今後の方向について述べた.聴覚障害に対する聴覚を中心とした臨床の際の4つの視点を検討した.テクノロジーの進歩は,こうしたすべての側面に影響を及ぼしているが,特に補聴器や人工内耳などの聴覚補償機器においては,音声処理技術や小型化の新しい技術革新に支えられ,著しい発展をとげつつある.その結果,これらの聴覚補償機器は,障害から生じる障壁を軽減するのに有用なコミュニケーションの道具となってきている.しかし,その技術をどう使うかを決めるのは当事者であることと,使用する人のニーズこそがテクノロジーの根源であることを忘れてはならないだろう.

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 テクノロジーの進歩は,聴覚障害児の早期発見を可能にし,重度聴覚障害児への聴覚補償の可能性を拡大した.しかしながらハビリテーションの効果は,「早期発見」「聴覚補償機器の進歩」「家族の理解・支援体制」「適切な早期療育・教育」などの総合的な結果である.すなわち,早期発見と優れた聴覚補償機器の早期装用は,「聴覚活用に必要な条件」の一部を整えたにすぎない.実際,早期に人工内耳を装用したにもかかわらず,十分な聴覚活用に至らない事例も少なくない.条件を活用するのは「人」,つまり早期療育・教育に携わる言語聴覚士などの専門家であり,そして親や家族である.そこでテクノロジーを活用する際に必要な臨床的視点として,①「聴覚障害」についての理解,②聴覚活用のための聴覚学習,③言語聴覚士の臨床スキル,の3点を挙げ考察を加える.

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 重複障害児の聴覚検査と聴覚補償の現状と今後の課題について報告した.周産期医療の発達とともに重複障害児が増加し,難聴の早期診断と聴覚補償が求められている.しかし,条件詮索反応聴力検査(conditioned orientation response audiometry:COR)では音源定位が困難である,聴性脳幹反応(auditory brainstem response:ABR)とCORの結果が一致しない,推定聴力が良好になるなど,聴力閾値の確定が困難な場合がある.また,合併症などにより補聴器や人工内耳を装用する条件が整わないなどの課題がある.

 CORで音源定位が困難な症例については,再現性および運動発達と言語発達の段階に応じた反応様式が聴性行動評価の指標になった.ABRとCORの結果の乖離や推定聴力の改善は重度の心身障害児で認められる場合があった.聴覚補償については,重複障害児の場合は発達や体調に個人差が大きいため,早期装用を急がず,ケアの優先順位を決める必要があった.補聴効果の確認に長期間を要し,推定聴力に変動がみられることが多いので,発達の評価と定期的な聴力評価が必要であった.

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 本研究ではワーキングメモリ(以下WM)容量を高齢者と若年者で比較し,情報の種類と処理の複雑さがWM容量にどのような影響を及ぼすかを検討した.方法は言語性WM課題と視覚性WM課題を設け,いずれの課題も情報処理が単純な課題と複雑な課題を実施した.対象は健常な高齢者と若年者の各28名であった.結果は,WM容量は情報処理が単純な課題より複雑な課題で有意に低下した.高齢者は若年者に比しWM容量が小さく,保持すべき情報の個数の誤りが生じる点が若年者と異なっていた.以上から,WM容量は加齢に伴い低下し,情報処理の複雑さの影響を受けると考えられた.また,高齢者の容量低下には保持すべき情報と廃棄すべき情報の選別困難といった情報処理の機能低下が関係すると考えられた.

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 精神科病院入院中に咽喉頭熱傷による摂食・嚥下障害を呈した統合失調症症例に,言語聴覚士が集中的な摂食・嚥下リハビリテーションを施行し,良好な経過を得た.本症例の摂食・嚥下機能が比較的早期に改善し,安全な経口摂取が可能になった要因として,①救急病院での適切な処置,②病院間の連携,③嚥下造影検査の反復,④症例の年齢,⑤精神症状への対応,⑥言語聴覚士を中心とした職種間連携,が考えられる.

 精神疾患症例では精神症状の動揺や抗精神病薬の種類・量が摂食・嚥下機能にも影響を与えることがあり,摂食条件の決定や介助方法を症例に応じて慎重に判断していく必要がある.精神疾患症例に対する摂食・嚥下リハビリテーションに際しては,言語聴覚士が精神科医療に対する正しい知識や理解をもち,他職種との連携を綿密にはかりながらリハビリテーションを行うことが重要である.

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 近年,小児言語障害の臨床現場では学童の相談が増えている.それは,特別支援教育の普及に伴い,個々の学習レベルに合った特別の配慮を要する発達障害児(全体の6%)の多くが,学習に必要な言語に問題を呈することが明らかになってきたためである.一方,言語聴覚士の対象は従来から幼児が中心で,就学前までの評価や指導が多かったこともあり,学童の言語の問題に対して専門家としてどのような役割が果たせるのかよくわからないのが現状といえる.

 本稿では,学童期における言語,つまり思考や学習のための抽象的で高次レベルの「学習言語」の発達について,音韻,意味,ナラティブ・語用の側面から解説する.そして,ディスレキシアやLLD(言語学習障害)の実際の事例を通じて,学童期の言語の問題を提示する.実は,彼らの問題は日常のコミュニケーションでは気づかれにくく,多くの場合,就学前には言語の問題などが指摘されていないため,言語聴覚士が言語の問題の有無を判断できるかが重要な鍵となる.そこで,就学後表面化してくる「読み書き」スキルや読解,比喩やたとえなどの理解や表現,ナラティブの構造化などにおける問題の捉え方を解説する.さらに,The Simple View of Reading(Tummer et al 1992)モデルに基づいて話し言葉と書き言葉の関係から評価や指導方法について述べる.最後に,最近,欧米で提唱されているNBLI(narrative-based language intervention)アプローチを用い,就学を迎えるSLI(特異的言語発達障害)年長児の言語評価や指導を行ってその有効性を検討しており,幼児から学童への移行期における言語聴覚士の役割についても考察する.

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 本協会は平成16年11月に言語聴覚障害学領域およびその近接領域に関する学術専門誌「言語聴覚研究」を創刊しました.本誌は各種言語聴覚障害の基礎と臨床に関する学術論文を掲載することになります.

 購読会員を募集していますので,下記のとおりご案内いたします.

投稿規定

執筆要綱

投稿誓約書

編集後記 藤田 郁代
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 新型インフルエンザの流行で,今年の日本言語聴覚学会は参加者が減少するのではないかと心配しましたが,それは杞憂に終わり,川崎医療福祉大学で開催された会は盛会のうちに終了しました.発表演題は225題あり,関連分野の学問の進歩と変化の激しい臨床状況を反映した興味深い研究が多く発表され,充実した会でした.臨床現場の複雑な問題を研究課題とし,客観化するには一定の方法論が必要ですが,この難解な作業に意欲的に取り組まれた研究が多く,本分野では研究と臨床が表裏一体の関係で進んでいることを実感しました.

基本情報

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言語聴覚研究
6巻2号 (2009年7月)
電子版ISSN: 印刷版ISSN:1349-5828 日本言語聴覚士協会

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