日本腎不全看護学会誌 21巻1号 (2019年4月)

第21回日本腎不全看護学会・学術集会記録 【会長講演】

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はじめに

 第21回日本腎不全看護学会学術集会・総会は,四方を山々に囲まれ,紅葉の深まる長野市で開催するに至った.第18回冬季オリンピックの開催地であり,善光寺のお膝元である長野市での開催は,当学会が設立されてから初めてのことであった.

 日本腎不全看護学会が1998年に発足し21年目を迎えた今回,腎不全看護を継続してこられたのは,全国の仲間,県内の仲間と築き上げた「絆」の成果であると実感している.透析看護から腎不全看護へと変革してきた過程で,仲間とのネットワークが紡がれてきたと思う.

 1998年,第1回の学術集会・総会は300名弱の参加者で,「21世紀の腎不全看護のパラダイム《統合・調和・自立》」をテーマに神奈川県横浜市で開催された.当学会の発足から20年が経過し,多くの諸先輩方がその時々のタイムリーなテーマで学術集会を開催し,学会を成長させてこられた.学会を設立し,導いてきてくれた諸先輩方から受け継いだ腎不全看護の歴史・知識・技術はもとより,腎不全看護にかける熱い思いは,20年という時間をかけて1本1本の糸を紡ぐように,多くの会員によるさまざまな糸を織り交ぜて丈夫な織物(組織)を構築されてきた賜物である.

 テーマの意味を私なりに考え,「紡ぐ」とは「つなげる」「コーディネートする」,「織りなす」とは「いろいろなものを組み合わせ,1つのものをつくりあげる」,「絆」とは「断つことのできない人と人との結びつき」と解釈した.培われた「絆」をより強固にしていきたいとの思いを込め,本学術集会のテーマを「紡ぎ織りなす 腎不全看護の絆」と掲げた.

第21回日本腎不全看護学会・学術集会記録 【特別講演】

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死に直面した人たちが見る風景

 これまで,多くの宗教が,死後について語ってきた.その説き方はさまざまだが,しかし,死後,天国とか極楽とかといった楽園に赴くのだという説かれ方は,教義の理解はともかくとしても,極めて普通に行われてきた.現代の日本人には,特定の宗教の教義について詳しい人がそれほど多いとは思えないが,もし,極楽とか天国とかいうものについて,突き詰めて理解しようとすると,どうしても特定の宗教の教義に突き当たらざるを得ない場面がある.教義からみれば,宗教ごとの楽園は一致することはないが,実際にイメージされている死後の楽園の要素には,それほど差異があるわけではない.

 一方で,特定の宗教を離れて,死に直面した人たちが臨死状態で体験することは,皆,非常に似通っていることが知られている.実は,先日,私の友人が他界したのだが,その友人が,亡くなる数日前,やや体調がもち直したときに私に電話をくれた.内容的には,私が彼にお見舞いのメールを送ったことについてのお礼だったのだが,そのとき彼は,こんなことを言っていた.「本当に具合が悪くて死にそうだったけれど,そのときに,あちらの世界を見てきた.きれいな花畑で気持ちのよいところだった」.私の知るかぎり,彼は,普段は,花畑などということを口にする人ではなかったが,その彼が花畑を見てきたという.残念ながら,その後,再び容態が悪くなって彼は亡くなったが,亡くなったときの彼の顔は,微笑んでいるように穏やかだったそうである.

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 皆さん,こんにちは.ご紹介いただきました井部と申します.岡山さん,ご紹介いただきありがとうございました.『看護のアジェンダ』(「週刊医学界新聞」での連載)を読んでいただいてとても光栄に思います.

 今日は「看護界におけるスペシャリストとジェネラリストをめぐって」ということで,かなり力を入れて原稿を準備いたしました.皆さんご存知かどうかわかりませんが,日本看護協会は,「看護にかかわる主要な用語の解説」(2007)において,「看護職におけるジェネラリストとスペシャリスト」を解説しています.ここでは,看護にかかわる主要な用語の解説を,概念的定義と歴史的変遷,社会的文脈の項目で記述しています.解説は「日本看護協会における看護職に関する呼称等の定義プロジェクト」が作成しました.

第21回日本腎不全看護学会・学術集会記録 【教育講演】

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ポイント

▶ 腎移植は腎代替療法のなかで最も割合が少ない.

▶ 腎移植は確立した腎代替療法であり予後やQOLが最も良好である.

▶ 腎不全患者は腎移植に関心があるが情報不足の状態にあるため,医療者が適切に情報提供を行う必要がある.

▶ 献腎移植の普及には献腎に関する啓蒙活動や国民意識の向上が必要である.

▶ 腎移植長期待機患者は,良好な全身状態の維持が必要である.

▶ 以前は不可能だった生体腎移植が可能となっている.

 

 腎移植は腎代替療法のなかで最も割合が少ないが,血液透析,腹膜透析,腎移植を比較すると,腎移植が最も予後やQOLが良好である.しかし,日本においては,末期腎不全患者のなかで腎移植が選択されるのは0.5%と極めて少ない.腎不全患者は腎移植に関心はあるが,情報不足の状態にあり適切な腎代替療法選択ができていない可能性があるため,医療者が適切に情報提供を行う必要がある.また,腎移植件数が低い原因として,献腎移植における臓器提供が極めて少ないことがあげられる.献腎移植の普及には,まず献腎移植に関する啓蒙活動や国民意識の向上が必要である.献腎移植が成立するまでに長期待機時間が必要となるため,献腎移植希望患者に対する良好な全身状態管理(感染症の評価・予防・治療,悪性腫瘍の早期発見・治療,心臓血管病の発症予防など)が必要である.また,円滑な献腎移植のため,透析施設と移植登録施設間の緊密な腎移植待機患者に関する情報共有が必要である.近年は,以前は不可能だった生体腎移植も可能となっているため,若い末期腎不全患者に対しては,生体腎移植の可能性がないか検討する必要がある.

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はじめに

 私の専門は,進行がん患者のための在宅ホスピスケアである.人生の最終章を生きる人への支援という点では共通点があり,違うのは透析で生きる人の予後は一般的に長く,ホスピスケアの患者さんたちの残された日は短い(平均2〜3か月)という点である.まず,私の辿った道のりをお伝えしたいと思う.

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はじめに

 慢性腎臓病患者は,生活習慣病患者と捉えることができる.患者指導のなかで,健康管理に無関心な患者に健康意識を高めてもらうのはきわめて難しい.ここでは,医療者側の心構えと患者自身が取り組めるアクションを,筆者の行動変容外来の実際を交えながら説明したい.

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はじめに

 糖尿病腎症による腎不全を合併する患者の多くは,長期間,高血糖状態にあった人々であろう.このような長期間,高血糖にさらされてきた人々は,どのような身体で,病いとともに生き抜いているのだろうか.今,ここで用いた「高血糖にさらされてきた」という用語に引っかかりを感じた人もいるかもしれない.糖尿病,特に2型糖尿病は境界型の時期をも含めると,長い年月,血糖値が正常よりも高い状態にあったと考えられる.この状態を私は,「高血糖にさらされてきた」と捉えた.それは,自分からさらしたのではなく,「いつの間にか」で,受け身的であるのだ.だからこそ,「さらされてきた」という表現がぴたりとした.「いつの間にか」で受け身的というのは,自身が学んだ修士課程での2型糖尿患者へのインタビューから得たことだった.彼らへのインタビューで,「糖尿病は症状に乏しいのではなく,症状は生活に埋没している」ということの発見があったのだ.

 たとえば,頭が痛い,胃が痛いなどは,たいがいの場合,「朝起きたら,頭が割れるように痛かった」とか,「夜中に,胃がキリキリ痛んで苦しかった」と,はっきりと身体の不調としてその始まりの瞬間から自覚できる.しかし,2型糖尿病患者は,「今朝から,高血糖になって喉が渇くようになった」などとは言わない.インタビューした患者は,「だるいな,仕事がはかどらないな,過労だと思っていたら,入院して高血糖のせいだとわかった」とか,「車での通勤途中で,自動販売機があるたびに止まってジュースを飲んだ.周りから変だ,異常だと言われて病院に行ったらすごく血糖が高いと言われた」など,後から振り返って,高血糖と関連づけられていた.まさに,高血糖の症状は,普段のその人の生活に埋没しているもので,高血糖にさらされてきた暮らしの積み重ねの結果,身体に現れてくるものが症状であり,それに気づくことは,糖尿病患者が糖尿病と付き合っていく療養にとって大切なことと考えた.

 以上のことから,「埋没している症状を浮かび上がらせる」という看護の働きかけによって,2型糖尿病患者は,「糖尿病という病気と自分の症状をつなげる」ことができ,今後に向かって「今の自分の身体を整える」「生活を見直す」こと,すなわち糖尿病とうまく付き合って生活をしていくことができるようになるのではないかと考え,修士論文で“長期間,高血糖にさらされてきた2型糖尿病患者への身体の感覚に働きかけるケア”に取り組んでいった.

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目次

日本腎不全看護学会誌投稿規程

投稿論文の確認シート

編集委員/編集後記

基本情報

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日本腎不全看護学会誌
21巻1号 (2019年4月)
電子版ISSN: 印刷版ISSN:1344-7327 日本腎不全看護学会

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