胃と腸 54巻8号 (2019年7月)

今月の主題 十二指腸腺腫・癌の診断

序説

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はじめに

 十二指腸腫瘍は比較的まれな疾患であり,特に表在型非乳頭部十二指腸上皮性腫瘍(superficial non-ampullary duodenal epithelial tumor ; SNADET)の頻度は全消化管腫瘍の1〜2%と言われており,さらに癌に限れば全消化管癌の0.3%程度とされている.この頻度の低さゆえに他臓器のように十分なデータの蓄積がなく,さまざまな混乱を招いている.そもそも以前は,頻度も低く,多くは放置しても問題ない良性疾患と考えられていたため,あまり注目されることはなかった.しかし,近年になり発見される頻度が明らかに高くなっている1).これが,疾患頻度は変わっていないものの,内視鏡検診が普及するとともにSNADETの存在が周知され,より丁寧に観察されるようになったことによるのか,実際に疾患頻度が上昇していることによるのかは現時点では明らかではない.しかし,H. pylori(Helicobacter pylori)罹患率の低下や食事の欧米化に伴い,Barrett上皮やBarrett腺癌が増加してきているのと同様に,十二指腸においても疾患構造が変わってきている可能性が否定できない.

 一方で,SNADETに関しては長年経過観察してもほとんど変化のないものが多く,進行癌もほとんどみられないことから治療の必要性は乏しいものと考えられてきた.しかし,多数の症例を積み重ねてみると,腫瘍サイズが大きくなればなるほど担癌率が上がってくることもわかってきた.また,胃癌や大腸癌とは異なり,腺腫から浸潤癌に変わっていく症例はまずないと考えられてきたが,経過観察中に腺腫から癌に変わり,結果的に粘膜下層に浸潤(SM浸潤)して転移した症例もみられている.また,従来言われてきたように十二指腸において浸潤癌の頻度はかなり低いものと考えられるが,いったんSM浸潤を来した場合には高頻度にリンパ節転移を来し,予後不良であることも明らかになってきた.したがって,一生フォローするだけで十分なわけではなく,侵襲の少ない治療ですむうちに内視鏡で切除するという戦略もありうると考えられる.

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要旨●十二指腸粘膜は正常では小腸型粘膜であるが,異所性胃粘膜や胃上皮化生をしばしば伴い,十二指腸で発生する腫瘍は腸型および胃型形質ともに存在することから,胃と同様の病理診断基準を用いることが可能と考えられる.早期病変の観察に基づく経験から導かれた病理診断基準に,胃上皮性腫瘍の形質発現や細胞増殖動態,遺伝子異常などのエビデンスを加え,構造異型の乏しい高分化上皮性腫瘍の病理組織学的診断基準(腺腫と癌の鑑別診断基準)をここで提唱する.

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要旨●十二指腸非乳頭部癌36例の臨床病理学的評価を行い,特に粘液形質の意義や早期癌の悪性度因子について検討した.胃型形質癌は十二指腸近位側に発生し,腸型形質癌と比較して早期癌の割合が高いことが特徴であった.早期癌17例中,リンパ節転移陽性例は胃型形質SM癌の1例のみであった.また脈管侵襲や未分化型組織像を示した早期癌4例はいずれも胃型形質SM癌であった.限られた症例数での検討であるが,胃型形質が高悪性度に関連することが示唆された.また,腸型・腸型優位混合型進行癌の30%にMLH1欠損が認められ,免疫チェックポイント阻害薬の治療適応となりやすいと考えられる.

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要旨●当科で病理組織学的に確定診断した十二指腸表在性上皮性腫瘍(NETを除く)52例54病変および腫瘍様病変18例18病変を対象として,その臨床的特徴を遡及的に検討した.上皮性腫瘍は粘液形質から腸型腫瘍17例17病変(腺腫15例,腺癌2例),胃腸混合型腫瘍8例8病変(腺腫5例,腺癌3例),胃型腫瘍27例29病変(腺腫12病変,NUMP 15病変,腺癌2病変)に分類された.腸型腫瘍および胃腸混合型腫瘍は25例中21例(84.0%)に白色化を伴っていた.胃型腫瘍の肉眼型はSMT様隆起が29病変中17病変(58.6%),0-I型が10病変(34.5%)であった.胃型腺腫およびNUMPの病変表面は過半数の症例で胃腺窩上皮様領域を面状に認めた.腫瘍様病変はBrunner腺過形成・過誤腫7例,腺窩上皮型過形成性ポリープ7例,Peutz-Jeghers型ポリープ4例が診断されていた.Brunner腺過形成・過誤腫7例中4例はSMT様の形態を呈し,5例は表層に胃腺窩上皮化生を伴っていた.十二指腸の内視鏡検査において,腸型腫瘍は白色化に着目することが病変の拾い上げに有用であるが,胃型腫瘍に関しては面状の胃腺窩上皮様領域を伴う孤在性の隆起に着目することが拾い上げ診断に有用な可能性がある.胃型腫瘍と胃型形質を呈する腫瘍様病変との内視鏡的鑑別は容易ではないが,ともに隆起の様相が目立つ病変が多いため術前生検による線維化の問題が少ないこと,加えて,術前生検の正診率も比較的高いことから,両者の鑑別には生検による病理組織学的な評価を組み合わせることが有用と考えた.

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要旨●目的:表在性非乳頭部十二指腸上皮性腫瘍(SNADET)に関しては,内視鏡診断のみならず,病理組織学的診断についても明確な診断基準がない.今回は,低異型度高分化型上皮性腫瘍の細胞形質発現に基づく新たな病理組織学的診断アルゴリズムをgold standardとしてNBI併用拡大内視鏡(M-NBI)の診断能について検討した.方法:2008年10月〜2017年11月までに,生検未施行でM-NBIが実施され,内視鏡的切除が施行された34病変を対象とし,VSCSを用いたM-NBI診断能を後方視的に検討した.病理診断は低異型度高分化型上皮性腫瘍の細胞形質発現に基づく診断アルゴリズムに基づき,revised Vienna classificationでCategory 3(C3),Category 4(C4)に分類した.成績:C3 12病変vs C4 22病変であり,C4に対するM-NBIの診断能は,感度95.5%,特異度58.3%,正診率82.4%であった.しかし,M-NBIにてC3を癌と診断した限界病変が存在し,特に有茎性のC3 2病変においてはいずれもM-NBIにて癌と誤診した.有茎性病変を除いたM-NBIの診断能は,感度95.5%,特異度70.0%,正診率87.5%であった.結論:VSCSを用いたM-NBIは,SNADETの質的診断におけるoptical biopsyとして有用である可能性がある.しかし,内視鏡診断と病理組織学的診断の乖離例が存在し,今後より多数の症例を集積したうえでのさらなる検討が必要である.

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要旨●当院で2008年4月〜2018年4月の10年間に内視鏡的あるいは外科的に切除された非乳頭部十二指腸SM癌12症例(12病変)を対象として,その臨床病理組織学的所見を検討した.患者の性別,年齢に特徴的傾向はなかった.腫瘍の局在部位は,乳頭口側が10病変,乳頭肛門側は2病変のみであり,乳頭口側の病変が多かった.腫瘍径中央値(範囲)は14(7〜70)mmであったが,4病変は10mm以下であり,腫瘍径が小さくともSM深部浸潤を示す病変がみられた.色調は,発赤調が8病変,同色調・白色調が4病変であった.肉眼型は,隆起型(0-Is型・0-IIa型)が6病変,複合型(0-IIa+IIc型,0-IIa+Is型)が6病変であり,陥凹型は認めなかった.主組織型は,papが2病変,tub1/tub2が7病変,por/sigが3病変であった.SM浸潤距離中央値(範囲)は1,100(400〜3,000)μmであり,脈管侵襲は,半数の6病変に認めた.リンパ節転移は,リンパ節郭清が行われた11病変のうち5病変に認め,リンパ節転移率は46%であった.腫瘍の形質発現は,胃型が4病変,胃腸混合型が7病変,腸型が1病変であり,胃型マーカー(MUC5AC,MUC6)の発現は92%(11/12病変)でみられた.以上の特徴を指摘したが,少数例での検討であるため,今後のさらなる症例の集積が必要である.

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Introduction

—なぜ今まで十二指腸腺腫・癌の病理診断基準ができなかったのか

松本 2019年現在,十二指腸腺腫・癌の病理診断基準はいまだ確立されていません.翻って臨床現場では,内視鏡検査による十二指腸病変の発見頻度は増加傾向にあります.十二指腸における病理診断基準の確立は,臨床での治療適応や手技の決定にも関係するため,待望されています.

小山 臨床としても,十二指腸の内視鏡診断については,できる限りの症例を集計しエビデンスとしてまとめたいのですが,診断学については停滞気味であることは否めません.今回集まっていただいた消化管病理学のエキスパートによる検討で,十二指腸腺腫・癌の病理診断基準について,ある程度のコンセンサスが得ることができれば,非常に大きな成果であると思います.

松本 そこで,本座談会では,各病理医の診断基準の検討と討議のため,十二指腸腺腫と癌の26例をバーチャルスライドで回覧し,事前に診断をいただきました.診断が一致していた症例,二分した症例,各個に分かれた症例などさまざまな結果が出ています.この診断結果をもとに,十二指腸腺腫・癌の病理診断基準についてご討議いただければと思います.なお,症例の選定とスライドの作成にあたっては,司会の八尾隆史先生(順大・病理)に加えて津山翔先生(順大・病理)にご担当いただきました.それでは八尾先生,お願いします.

八尾 ありがとうございます.それではまずはこちらのTable 1をご覧ください.診断結果の一覧です.さて,本座談会では症例検討の前に,まずは総論として十二指腸腺腫・癌の諸問題と論点を整理します.続けて,こちらの診断結果一覧を踏まえて症例ごとに検討を行います.診断が一致している症例からは共通認識を抽出し,診断が分かれている症例についてはできる限り論点を整理し議論を行います.最後にまとめとして,十二指腸腺腫・癌の診断基準についてコンセンスが提示できればと思っています.

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 病理診断は元来あいまいなものである.癌の診断一つをとっても,核の異型,腺管の異型は数値で表しきれるものではない.たとえ数値で表されていても,癌とそれ以外のはっきりとした基準(転移の有無,遺伝子変異など)がなく,一対一対応させることは難しい.そのあいまいさゆえ,癌の病理診断基準は各病理学教室門下における一子相伝,門外不出の秘伝の技として,伝承されてきたものと考えられる.

 意外に思えるかもしれないが,病理医にとって癌の診断基準を議論することは最大のタブーで,私の知る限り,癌の診断基準を公開の場で議論した会や書籍は見たことがない.それに果敢に挑んだのが,「胃と腸」第27巻6号である.内視鏡的切除を含む大腸腫瘍の切除標本33症例について,8名の病理医が名前まで明かして病理診断を行っている.結果は本編を確認していただきたいが,見事なまでにバラバラである.

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目次

欧文目次

早期胃癌研究会 症例募集

学会・研究会ご案内

次号予告

編集後記 江﨑 幹宏
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 近年,表在型非乳頭部十二指腸上皮性腫瘍(superficial non-ampullary duodenal epithelial tumor ; SNADET)の診断・治療方針が学会などでも頻繁に取り上げられるようになった.その背景には,SNADETの発見頻度が増加している一方で内視鏡による質的診断が難しいことがある.さらに,内視鏡治療に伴う偶発症のリスクが高いことに加えて,手術が選択された場合は時に膵頭十二指腸切除といった侵襲度の高い術式を余儀なくされるといった治療上の問題もある.また,解剖学的特性から十二指腸には胃型腫瘍と腸型腫瘍が混在するため一律の診断基準で判定できないといった病理サイドの問題も挙げられる.その結果,生検診断における正診率は高くなく,治療方針決定において十分な根拠となり得ない場合も存在する.そのような背景の下,本特集号は,SNADETの画像的特徴ならびに病理診断基準の問題点を整理し,現時点での一定のコンセンサスを得ることを目的として企画された.

 序説の矢作論文では,SNADETにおける内視鏡診断・治療における問題点が整理されている.SNADETに関する問題点を把握したうえで,主題へと読み進んでほしい.

基本情報

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胃と腸
54巻8号 (2019年7月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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