胃と腸 31巻9号 (1996年8月)

今月の主題 早期胃癌の内視鏡的粘膜切除―適応拡大をめぐる問題点

序説

  • 文献概要を表示

 胃癌の治療には従来の外科手術に加えて内視鏡的粘膜切除(EMR),腹腔鏡下手術,縮小手術などの各種の治療法が考案され,行われるようになった.このため,胃癌の治療にも選択の幅が拡がったと言える.しかし,治療法の選択は,患者の立場に立った厳密な適応決定のうえで行われなければならないことは言うまでもないであろう.

 EMRは開発されてから10年以上が経過した.本法は手技が簡単なこと,早期に病理組織学的な診断が得られること,術後のQOLが良いことなどから適応となる病変に対して積極的に行われるようになった.しかし,EMRはいくつかの問題点を有しており,これらを解決するために今日まで様々な検討が加えられてきた.そのいくつかを列記すると,①適応をどう決めるか,更にどこまで拡げられるか,②適応とした病変の臨床診断をどこまで正確にできるか,③確実に切除するにはどのように行うべきか,④根治を証明する組織学的診断基準をどのように設定するのか,⑤切除後,再発・遺残が証明された場合,次にどう処置するべきか,などが挙げられる.

  • 文献概要を表示

要旨 われわれは過去5年以上,胃の内視鏡的摘除(以後EMR)標本の病理検査にあたっては,標本の長軸に垂直に連続的に2mm間隔で切り出している(基準切り出し).ここで間隔を2mmとしたのは,これ以下の間隔では実際上標本が薄くなりすぎて扱いが難しくなるからである.この方法は,癌の断端浸潤および粘膜下浸潤について極めて正確な情報を提供するが,若干煩雑である.同じ効果をもたらすより簡便な切り出し法を求めて,上の切り出し法(基準切り出し)とは異なる8種の切り出し法を想定し(Fig.1①~⑧),後者において得られる診断が前者のそれとどれぐらい食い違う(誤答する)かを,80例の早期胃癌EMR症例(m癌64例,sm癌16例)を用いて検討した.その結果,長軸に垂直に連続的に切れば3mm幅(Fig.1②)でも,基準切り出しとほぼ同様の効果が得られることがわかった.その他の方法では誤答の危険が高く,実用には供しないことがわかった.なお,上の傾向は肉眼型にかかわらずみられたが,解析対象のほとんどが分化型癌であり,今後,未分化型癌についての検討を追加する必要がある.

  • 文献概要を表示

要旨 内視鏡的粘膜切除(EMR)における切除標本の大きさを分析し,一括切除の成績と,適応拡大するうえで必要となる分割切除の成績とを対比させながら遺残再発を中心に述べ,それぞれの切除法の問題点について検討した.EMRの3原則に従い,EMRを施行したのは171例(一括切除:129例150病変,分割切除:42例43病変)であった.一括切除では遺残再発は12.0%に認められた.遺残再発は,癌の大きさとの関係は認められなかったが,切除断端の所見と関係があった.また,切除標本の大きさはA領域の20mmに比べ,C,M領域で15mmと小さい傾向がみられ,切除の限界があった.一方,分割切除では癌の大きさに比例して遺残再発率は高かった.また,1つの切除標本のみに癌をみた例では再発はなく,2つの切除標本に癌が認められれば13.3%に,3つ以上の切除標本に癌が認められれば25.0%に遺残再発を認め,癌の大きさに伴い多分割することと深い関係があった.分割切除では,一括切除に比較して約2倍の切除標本が得られ,部位による標本の大きさの差はなかったが,病変の再構築は不可能であった.1回目のEMRで引き起こされる胃側の変化は分割切除標本の断端に約3mmの幅で虚血性組織変化としてburnning effectが認められた.

  • 文献概要を表示

要旨 EMR後1年以上内視鏡的に経過観察がなされた早期胃癌141例156病巣を対象に遺残再発病変の特徴を検討し,以下の結論を得た.①遺残再発は,非完全切除病変,非適応病変,多分割切除病変,11mm以上の病変,治療法が凝固療法のみの病変で高く,適応拡大には慎重を要するものと考えられた.②遺残再発は,必ずしもEMR後早期に起こるものばかりではなく,また,肉眼的に判定困難な遺残再発病変も存在することから,非完全切除病変では,生検を加えた緻密な経過観察が重要である.③遺残再発病変の取り扱いに関して,現状では手術可能例では手術,手術不可能例では内視鏡的追加治療が原則と考える.

  • 文献概要を表示

要旨 早期胃癌の内視鏡的胃粘膜切除の適応限界をsm癌について検討した.外科的に切除されたsm癌551病変中sm1a(粘膜筋板下より200μmまで),sm1b(粘膜筋板下から粘膜下層を3等分した上1/3)までにとどまる236病変を中心にリンパ節転移,脈管侵襲の有無を検討した.その結果,30mm以下のsm1a,高分化型腺癌で,Ⅰ型を除いた隆起型,陥凹型Ul(-)では内視鏡治療のみで根治が可能である.更に水平方向浸潤も考慮すればsm1bの一部のもので根治できる可能性がある.すなわち,高分化型腺癌,Ⅱa型で垂直方向浸潤が500μm,水平方向浸潤が1,500μm,陥凹型Ul(-)高分化型腺癌で垂直方向浸潤500μm,水平方向浸潤1,500μmであればリンパ節転移がなく内視鏡治療のみで根治できる可能性が示唆された.すなわち,垂直方向浸潤500μmまでをsm1と定義し,内視鏡治療適応拡大の限界とできる可能性がある.

  • 文献概要を表示

要旨 早期胃癌の治療としての内視鏡的粘膜切除術(EMR)について,strip biopsy登場後の展開を論評した.より正確に,より安全に,より大きくという観点から,フード法,EMRC,EAM,EMR-L,4点固定法が開発されている.しかし,早期胃癌に対するEMRの適応は,病理学的所見をもとに基準が考えられており,このため手技の開発論もこの適応基準内での正確,安全な切除に精力が注がれている.適応拡大という面からみれば,これまでの手技の方法論ではこの点の追求はほとんどないが,4点固定法はこの問題を意識した検討がなされている.

  • 文献概要を表示

要旨 早期胃癌に対して超音波内視鏡検査(EUS)を行い,内視鏡的粘膜切除術(EMR)への適応との観点から深達度診断能および癌巣内潰瘍・潰瘍瘢痕の有無,癌巣近傍の壁内血管の存在診断への応用について検討した.使用機種は,周波数7.5/12MHzおよび20MHzのEUSを用いた.早期胃癌143病変の検討で,深達度診断能は7.5/12MHzEUSを用いた病変ではm癌72%,sm癌86%(sm1癌62%),20MHzEUSを用いた病変ではm癌76%,sm癌62%(sm1癌75%)であった.高周波数EUSは粘膜層,粘膜下層のより詳細な検討が可能なため,EMRの適応をより厳密に判定することが可能であった.深達度診断を誤った症例は潰瘍または潰瘍瘢痕を伴った病変に多くみられた.EUSは深達度診断のみならず,癌巣内潰瘍・潰瘍瘢痕の有無や周囲の血管の有無を含めての診断が可能で,治療法を選択するうえで有用と考えられた.

  • 文献概要を表示

 要旨 われわれは早期胃癌の中でも,①術前深達度診断でm,②Ⅱaでは長径25mm以下,③Ⅱcでは長径15mm以下かつUl(-)を満たす症例に対して,リンパ節転移の危険性がほとんどないことから局所切除の適応と判断し,lesion lifting法による腹腔鏡下胃局所切除術ならびに腹腔鏡下胃内粘膜切除術の2種類の手術を積極的に実施してきた.これらの手術と内視鏡的粘膜切除(EMR)との相違は,腹腔鏡下手術では水平方向,垂直方向ともに十分なsurgical marginを確保した一括完全切除と,その組織を用いた十分な病理組織学的検索がより確実に行えることである.当教室では一括完全切除を根治切除の原則とする立場から,EMRの適応を長径10mm以下としている.悪性疾患とはいえ外科的切除によりほぼ完治が期待される胃粘膜癌に対しては根治性の確保が最も重要である.EMRや腹腔鏡下手術の今後の発展を期待するうえでも,適応については厳格な対応が重要であり,完全切除を確認しえない場合や,経過観察中に癌の局所再発を認める症例では躊躇せず手術による根治的治療を実施すべきである.

  • 文献概要を表示

要旨 患者は86歳,男性.噴門部後壁に認めた小胃癌に対して内視鏡的粘膜切除術を施行したところ,粘膜内にとどまる高異型度の高分化型ないし中分化型管状腺癌と診断されたが,切除断端は熱変性のため不明であった.1か月後の内視鏡検査で局所再発を認め,高周波焼灼術による内視鏡的再治療を行い,いったん生検陰性となったが,再度再発した.高度の呼吸機能低下と高齢を理由に手術は不可能と判断され,やむなく内視鏡的治療を続けたが,再発を繰り返した.その後癌病巣は急速に増大し,初回治療から8か月間で2型進行癌に進展した.再発病変が急速に増大した原因として,内視鏡的治療による刺激が癌細胞の発育を促進した可能性がある.

  • 文献概要を表示

要旨 患者は77歳,女性.慢性気管支炎で外来通院中であったが,胃体上部後壁に3cm大のⅡa集簇型の早期胃癌が発見されたため,内視鏡による分割切除と高周波凝固焼灼による治療を行った.この8か月後,1cm大のⅡa型の局所再発を認めたが再度の内視鏡的粘膜切除(EMR)が可能であった.更に9か月後に,それまで認識されていなかった広範に表層拡大を示すⅡa集簇型の病変が胃体中部後壁から胃角にかけて認められた.そこで,分割切除の手技を用いて内視鏡的に認識しうる病変を可能な限り切除し,更に遺残病変に対しては高周波凝固による焼灼術を徹底的に行うことにより,病変の完全消失が得られた.表層拡大型病変は本来は手術適応であるが,本症例は手術リスクが大きいため内視鏡的治療を選択し奏効した.

  • 文献概要を表示

要旨 患者は50歳の女性で,胃前庭部前壁に3mmのⅡcが発見された.生検診断は中分化型腺癌(tub2)であった.根治目的でEMRが行われ,完全切除が得られたと考えられた.しかし,EMRの組織診断ではⅡcに連続して低分化腺癌(por)の粘膜内浸潤がみられ断端陽性であった.幽門側胃切除が行われた.切除胃の組織学的所見では,EMR潰瘍の前壁側に27×25mmのⅡb(por)の残存が認められた.低分化腺癌は術前に病変の範囲を正確に診断することが困難であることが少なくなく,根治目的としたEMRの絶対的適応にはすべきでないと考えられる.

今月の症例

胃MALTリンパ腫の1例 中野 浩
  • 文献概要を表示

 〔患者〕41歳,女性.胃検診で幽門前庭部に異常所見を指摘され,精査,治療の目的で入院した.入院時身体所見,臨床検査所見上,特に異常は認められなかった.

早期胃癌研究会

  • 文献概要を表示

 1996年5月の早期胃癌研究会は5月15日(水),神津照雄(国保成東病院)と芳野純治(藤田保健衛生大学第2病院内科)の司会で行われた.

  • 文献概要を表示

要旨 患者は56歳,男性.血便を主訴として,近医を受診した.経口小腸造影で回盲部の異常を指摘され,当院に紹介された.注腸X線検査で,回盲弁の著明な腫大と同弁に隣接した回腸末端部に,径2cm大の腫瘤を認めた.大腸内視鏡では,腫大した回盲弁口から突出した発赤を伴う不整な隆起性病変を認め,生検の結果,カルチノイド腫瘍と診断された.病理組織学的には,粘膜下層を主座とする充実胞巣状の腫瘍細胞の増殖から成り,固有筋層まで達し,1群リンパ節転移も認めた.また腫大した回盲弁は粘膜下に過剰に増生した成熟脂肪組織から成り,lipohyperplasiaと診断した.

  • 文献概要を表示

要旨 患者は43歳の男性.粘血便を主訴に28歳で発症.全大腸炎型,慢性持続型の潰瘍性大腸炎として,13年間経過観察を行っていた.1993年12月の内視鏡検査で,上部直腸に大小不同の扁平隆起の集簇した全周性病変を認め,また,直腸S状部に結節状隆起を認めた.生検でいずれも癌を認めたため,潰瘍性大腸炎に併発した多発癌と診断し,大腸全摘術,回腸直腸吻合術を施行した.病理組織学的に,上部直腸病変は深達度smの高分化腺癌と深達度sm,mp,seの粘液癌が混在しており,直腸S状部病変は深達度mの高分化腺癌であった.dysplasiaも存在した.1年4か月の短期間に,進行癌を含む多発癌を併発した潰瘍性大腸炎の症例である.

  • 文献概要を表示

要旨 粘膜下注入で挙上を示したsm癌をVTR再生を元に選出し,それらの形態変化と癌・fibrosisの範囲,程度について組織学的に検討した.5例中3例(Ⅱc,Ⅱc+Ⅱa,Ⅱa+Ⅱc)が注入前の病変形態を保ちながら隆起した(形状保持隆起).これら3例では,病変全体にdesmoplastic reactionが生じており,病変の伸展性欠如を反映していた.1例(Ⅱa)は伸展性が悪い部位のみにdesmoplastic reactionが生じており,伸展した部位は粘膜内病変でfibrosisはみられなかった.病変全体が伸展した1例(Is)はfibrosisに乏しく粘膜筋板が保たれていた.更に癌と筋層との距離を表す癌一筋層距離,癌一断端距離を測定したところ,これらは隆起の悪い病変,部分でその距離が短かった.以上から,sm癌でnon-lifting signのみられない場合でも,その浸潤程度を粘膜下注入所見から推察することが可能であると示唆された.

--------------------

欧文目次

  • 文献概要を表示

 大腸内視鏡の入門書である.3部から構成されており,全体の15%を割いて総論的記述にあて,残りの半分を技術に,最後を各疾患の解説に費している.

 最初に開発の歴史が語られ,顔写真入りでB.Overholt, H.Shinya, J.Waye, C.B. Williamsが紹介されている.スコープそのものに関しては,本書のタイトルが示すように,肛門鏡に始まり,直腸鏡,ファイバースコープ,電子スコープが説明され,電子スコープについては日本の3社の画像の差が示されている.また使い捨てのS状結腸スコープについても触れられている.鉗子やスネアなどの周辺機器に関しては,外科医らしくゴム製の拡張具や拡張用のバルーンにまで言及しているが,やや偏りがあって少し物足りなさが感じられる.凝固に関しても,ヒータープローブのみが取り上げられ,マイクロ波もレーザーも,高周波電流発生装置すら登場しない.恐らく著者の日常活動をそのまま反映したものであろう.スコープの消毒については,ブラシと手洗いの後,2%グルタールアルデハイド10分浸潰でHIVもHBVも不活化できると述べている.ただ絶えず消毒効果が維持されているか点検することが必要であると強調されているが,具体的な方針については示されていない.また術者などが感染を免れるために前述の2ウイルスへの注意を喚起し,使い捨ての手袋やエプロンだけでなく,皮膚の露出を避け,眼鏡,靴カバーなどの着用を勧めている.ただHCVについては全く言及されていない.また内視鏡がもたらす菌血症について,人工弁や心内膜炎の既往歴がある場合は抗生物質の予防的投与を学会の勧告として紹介している.

  • 文献概要を表示

 質問 「胃と腸」31巻3号「図説形態用語の使い方・使われ方」を拝見しました.形態用語が図とともにわかりやすく解説されており,貴重な文献になります.しかしエコーパターンに関する記述で,p304,Fig.2に標的像を呈する転移性肝癌とありますが,この図は中心融解壊死で,標的像ではないと思いますがいかがでしょうか?

  • 文献概要を表示

 臨床腫瘍学,外科腫瘍学のハンドブックとして従来にない実用的な本である.現在に至るまで乳癌,胃癌をはじめとする癌治療において手術書はあっても,その効果・評価を時代に即して解説した本はあったであろうか.治療法を紹介しその善し悪しの判断は読者に任せるというスタイルがここに至って,今最もコンセンサスの得られている治療法は何かを紹介する立場に変わっている.そのためには,時代時代において治療法とその結果の検証が必要で,その過程・結果を記すには大きな“成書”ではなく,これくらいのサイズが適当であると思われる.

 原典の「The M.D. Anderson Surgical Oncology Handbook」は本文440頁から成る外科腫瘍学のハンドブックで,訳者らはタイトルを「固形癌治療ハンドブック」としており,内容的にはぴったりである.序文(Foreword)にC.M. Balch, M.D.が述べているように,執筆者はM.D. Anderson Cancer Centerのフェロー(若手医師)であり,読者として同世代の医師たちを想定している.その内容は,疫学,リスクファクターをはじめ診断,病期分類,臨床的対応の最も重要なポイントを簡潔に述べており,主治医として大変重要な“集学的(multidisciplinary)治療計画”を強調している.“執筆陣に高名な先輩の名はない”が,その代わり大変柔軟で,確立されたとされるものにとらわれない生きた内容が掲載されている.

編集後記 浜田 勉
  • 文献概要を表示

 早期胃癌のEMRは実際どのような範囲まで適応が拡大されるのかが本号の狙いである.適応拡大には,次の2つの段階があると考えられる.

 まず第1段階は,病理学的にみたリンパ節転移のないsm癌の範囲である.今回,藤崎らがsm微小浸潤例を示し適応拡大が可能であることを示した.しかし,診断側からみるとそれらはm癌の域を越えないし,EUSでもsm1の診断は不良と杉山も述べた.したがって,臨床からみるとせいぜい大きさが30mm以下でX線・内視鏡でm癌と診断したものが適応だが,蘆田症例は組織型の重要性を警鐘している.また,切除標本の検索方法では,2mm間隔で切り出すことは固まったと言えそうだが,分割切除での浸潤範囲や深達度の決め方をどうするのか,病理医の明確な考え方は今回示されなかった.

基本情報

05362180.31.9.jpg
胃と腸
31巻9号 (1996年8月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

文献閲覧数ランキング(
9月9日~9月15日
)