Neurological Surgery 脳神経外科 48巻7号 (2020年7月)

Festina lente 永谷 哲也
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 Festina lente——これは,欧州に古くから伝わる有名なラテン語の格言である.日本語に直すと,「ゆっくり急げ」になる.インターネットで検索すると,英語では“Make haste slowly”と訳されることがわかる.単純な言い回しであるが,「ゆっくり」という言葉と「急ぐ」という相反する2語のみで成り立つ表現で,誤謬のようにも聞こえる.いずれにしても,単純なだけに何か奥の深さを感じる言い回しと言えよう.ちなみに,先ほどの続きでWikipediaを数回クリックしてみると,このような修辞法を撞着(どうちゃく)語法と呼び,通常は互いに矛盾していると考えられる複数の表現を含む言い回しであることが判明する.日本語でも,「負けるが勝ち」「小さな巨人」「無知の知」など,類似の言葉はいくつもあるのだ.また,撞着語法はその性格上,どうしても皮肉的なニュアンスを受け手に与え,一見含蓄の深い言葉のようにみえて,その実,単なる言葉遊びである危険性もはらんでいるとWikipediaでは警鐘を鳴らしている.なるほど,そのようなキャッチコピーは,過去にマスコミや政治の世界でもあったような.

 話を「ゆっくり急げ」に戻そう.このFestina lenteという言葉は,ローマ帝国初代皇帝のアウグストゥスの座右の銘の1つであったことで知られるが,その起源は不明である.ただし,エラスムスはその著書である『格言選集』1)の中で,アリストファネスの喜劇『騎士』に登場する騎士によって発せられた,「躊躇しないで急ぎなさい」から作られた可能性を否定できないとしている.「躊躇しないで急ぎなさい」という,馬から落ちて落馬した的な「重複する表現」が後に,誰かに「反対する表現」に置き換えられたかもしれないというのだ.

総説

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Ⅰ.はじめに

 頚椎人工椎間板の最大の利点は,頚椎前方アプローチの利点を維持しつつ,椎間可動性を温存することにより隣接椎間の負担を軽減し,将来発生し得る隣接椎間障害を減少させることにある(Fig.1).本邦においても,頚椎人工椎間板置換術が2017年12月より医療保険の認可を受け,限定されたプロクター施設において臨床使用が可能となった.この際の市販後調査の結果を踏まえて,現在,要件を満たした脊椎脊髄外科医による一般施設における施行も可能となりつつある.これは,欧州での認可から約20年,米国からも約10年遅れとなる.このように本邦では,人工椎間板の導入が諸外国から大きく遅れることとなったため,逆に,その間に明らかとなったいくつかの問題点も知識として共有することができる.

 一方で,今まで諸外国では数多くの臨床研究が行われ,その有用性が示されてきたが,メーカーが主導する研究が多いことが問題視されている.また,これらの過去の報告では,詳細な画像の長期評価が十分とは言えない.後発である本邦においては,学会主導で厳密な術後調査を行うことにより,頚椎人工椎間板に関する有益な情報を世界に発信することがわれわれの責務と考える.筆者自身は,2015年より本邦への頚椎人工椎間板の導入に関与しており,この誌面において,その歴史と展望について述べる機会をいただいた.

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Ⅰ.はじめに

 Growing teratoma syndrome(GTS)は,胚細胞性腫瘍に対する化学放射線療法中あるいは療法後に生じる腫瘍の増大で,腫瘍マーカーの上昇を認めず,病理組織学的に成熟奇形腫のみからなるものと定義される2,7).化学放射線療法はもはや奏効せず,手術が唯一の治療となるため,そのタイミングも含め慎重かつ確実な判断が必要となるが,必ずしも容易ではない.今回われわれは,GTSを呈した胚細胞性腫瘍の2手術例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

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Ⅰ.はじめに

 転移性脳腫瘍は脳腫瘍の21%を占めており,脳神経外科的処置を必要とする一般的な疾患の1つである.脳腫瘍統計4)によると,転移性脳腫瘍の中で大腸癌が占める割合は5.7%と報告されており,この中で全大腸癌の0.7〜1.8%を占めると報告されている肛門管癌は,非常に稀と考えられる.肛門管癌は,腺癌,扁平上皮癌,腺扁平上皮癌,類基底細胞癌に分類され,欧米のガイドラインや治療成績の集積により化学放射線療法が主体となりつつあるが,遠隔転移を伴う症例の報告は非常に稀であり,確立された治療法はないとされている.

 今回われわれは,肛門管腺癌の脳転移例を経験し,外科的処置を含めた加療を行ったので報告する.

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Ⅰ.はじめに

 髄液鼻漏は外傷性,非外傷性に大別され,前頭蓋底やトルコ鞍など鼻・副鼻腔に接する骨・硬膜といった構造物が破壊されて生じる.非外傷性では頭蓋底腫瘍による髄液漏の報告がなされているが,斜台部の骨欠損・骨破壊による髄液漏で発症する疾患として,脊索腫は稀な疾患である7).今回われわれは,髄液鼻漏で発症し,長期経過後に脊索腫と診断された1例を経験したので,文献的な考察を交えて報告する.

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Ⅰ.はじめに

 眼窩壁を構成する骨は菲薄であり,外傷で容易に損傷する.眼窩貫通異物は比較的小児に多い外傷であるが稀である1,16,21).貫通部位に応じて周辺に重篤な神経脱落所見を生じ,周囲の構造物を損傷する可能性がある.竹などの木材は診断が難しく6,15,17),残存異物は感染源となり得るため12),迅速かつ綿密な手術計画が必要である.

 Hybrid operating roomは,脳動静脈奇形や複雑な脳動脈瘤に対する治療使用例の報告があるものの,頭部外傷に対する使用例の報告はわれわれが知り得る限り認められない.今回,われわれは竹枝が上眼窩裂から海綿静脈洞近傍に刺入した症例に対して,血管内治療と外科的手術が可能であるhybrid operating roomを使用し治療を行った1例を経験したため,文献的考察を踏まえて報告する.

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Ⅰ.はじめに

 屈曲病変に対するステント留置術後,血管走行が変化し,屈曲部が移動することはしばしば経験される.今回,屈曲病変への頚動脈ステント留置術(carotid artery stenting:CAS)後に血管走行が変化してステント端が血管壁に当たり,ストラットの間から遠位へ血流が流れる状態になった結果,留置2年後に高度狭窄を来し,再治療を要した症例を経験した.

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Ⅰ.はじめに

 大腿筋膜は広範な硬膜欠損の補塡に用いられる一般的な自家組織であり,大腿外側面で行われるその採取に伴うリスクは低いとみなされている.

 今回われわれは,大腿筋膜採取により同部位にリンパ漏を生じた非典型的な合併症例を経験したので報告する.

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Ⅰ.はじめに

 DAWN(DWI or CTP Assessment with Clinical Mismatch in the Triage of Wake-Up and Late Presenting Strokes Undergoing Neurointervention with Trevo)4),DEFUSE 3(Endovascular Therapy Following Imaging Evaluation for Ischemic Stroke)1)の結果を受けて,症状と梗塞巣のミスマッチがある症例に対して24時間以内の血栓回収療法の有効性が示される一方で,未発症から24時間以上経過した症例に対する血栓回収療法の有効性は未だ明らかではない.

 今回われわれは,入院時に内科的治療を選択したものの,治療抵抗性であったため,結果的に未発症から24時間以上経過して主幹動脈閉塞症(large vessel occlusion:LVO)に対して血栓回収療法を行い,効果的だった1症例を経験したので,文献的考察を加え報告する.

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Ⅰ.はじめに

 脳室腹腔(ventriculoperitoneal:VP)シャント機能不全に伴って,脳室側チューブ周囲に脳浮腫や髄液を貯留する脳実質内囊胞(intraparenchymal pericatheter cyst:IPC)を形成した報告は散見されるが,小児例が主体である6).今回われわれは,くも膜下出血(subarachnoid hemorrhage:SAH)に合併した交通性水頭症に対し,CODMAN® HAKIM® programmable valve system(CHPV)(Integra LifeSciences, New Jersey, USA)を用いてVPシャント術を施行した9年後,偶発的な設定圧変化に伴ってIPCと周囲浮腫を合併したと考えられる稀な成人例を経験した.本病態の発生機序や既報例の臨床像等について,文献的考察を加えて報告する.

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Ⅰ.はじめに

 Cerebral amyloid angiopathy(CAA)は70代を中心に女性に多いとされ,老年患者の約3割に認める疾患である7).アミロイドβ(amyloid beta:Aβ)蛋白が加齢とともに脳内の中小血管壁に沈着して血管を脆弱にし,高齢者の非高血圧性皮質下出血の原因となる1).CAA-related inflammation(CAA-RI)は,CAAを背景として血管壁に沈着したAβの免疫原性によって中枢神経に限局した血管炎から誘発された進行性白質脳症である3).CAA-RIはCAAの12.8〜17%と報告されており6,13),認知機能障害,痙攣,異常感覚や麻痺などの重篤な神経症候の原因となる.CAA-RIは時に一側大脳半球にmass effectを伴う広範な浮腫性病変を認め,脳腫瘍との鑑別に苦慮したとする報告も散見する9-11).したがって,診断確定のためには,脳・脳軟膜生検による血管壁へのAβ沈着と血管周囲への炎症性細胞浸潤の確認が重要となる3).本疾患の臨床経過はさまざまであるが,高用量のステロイドやシクロホスファミド投与といった免疫抑制療法に良好な治療反応性を示す3,4).すなわち,診断確定と適切な治療介入が重要なポイントとなる疾患である.

 本症例では,進行性に拡大する白質病変の部位に一致してdigital subtraction angiography(DSA)にてearly venous fillingを認め,この所見の解釈に苦慮した.この段階で生検を行った結果,上記診断基準を満たし,CAA-RIとの診断を得ることができた.その後,ステロイド投与により,early venous fillingは消失し,症状およびMRI画像所見の改善を認めた.

 われわれが渉猟した限り,CAA-RIのDSA所見を報告したものは少なく4,13),early venous fillingの出現・消失を明らかにした症例の報告は認められない.CAA-RIの病態に関与したDSA所見,early venous fillingの診断的意義と治療による画像変化について報告する.

脳神経外科をとりまく医療・社会環境

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Ⅰ.はじめに

 ファーマコゲノミクス(薬理ゲノム学,pharmacogenomics[PGx])は,薬を意味する接頭辞(pharmaco-)と遺伝学(genomics)からなる造語である.PGx研究では,特定の患者における薬物応答性と一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)などのゲノム情報との関連を調べることによってPGxバイオマーカーを同定し,遺伝子検査に基づいて,個々の患者における薬効や副作用のリスクを投与開始前に予測することを目的とする.

 PGxバイオマーカーは,体細胞遺伝子情報と生殖細胞系列遺伝子情報に大別される.体細胞遺伝子検査については近年,多くのがん分子標的治療薬の投与に際し,EGFRKRASなどの遺伝子検査を実施することが,コンパニオン診断として必須となっている.一方,生殖細胞系列遺伝子検査は,既に保険適用されている抗がん薬イリノテカンによる白血球減少症のリスクと関連するUGT1A1や,炎症性腸疾患や急性リンパ性白血病の治療に用いられるチオプリン製剤による白血球減少症のリスクと関連するNUDT15にみられるように,特に副作用の発現リスクの予測に有用と考えられている.

連載 脳神経外科と数理学

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Ⅰ.はじめに

 現代の医療,特にがん治療では,診断,治療方針の決定,治療および経過観察のいずれの過程においても,医用画像とそれを処理するための高度な画像解析技術が重要な役割を果たしている.その結果,日々の診療において質的・量的に膨大なデジタルデータが蓄積されてきたが,その多くは臨床における役割を果たした後,単なる「写真」として保管されるにとどまっていた.

 しかしながら,近年の計算資源およびアルゴリズムの飛躍的な進歩に伴って,こうした医用画像を貴重なデータ資源としてコンピュータによる解析の俎上に載せることで,臨床意思決定支援や画像診断補助,院内安全対策,診療における各種のスループット向上など,さまざまな現実的な課題解決のための糸口にしようという機運が世界的に高まっている.特に本邦は,経済協力開発機構(OECD)諸国の中で,CTやMRIなどの画像診断装置を人口あたりで最も多く有している.その中で,人工知能技術と医用画像処理を組み合わせた臨床支援システムを確立することは,個別化・精密化された医療体系に寄与するのみならず,高齢化で逼迫する本邦の医療の持続可能性という観点からも急務である.

 本稿では,人工知能技術と医用画像処理という観点から,その要素技術としての画像定量化手法や深層畳み込みニューラルネットワークを概観するとともに,各分野における最新の医用画像応用の成果について紹介する.

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目次

欧文目次

次号予告

編集後記 伊達 勲
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 今月の扉には永谷哲也先生から「Festina lente」をいただいた.ラテン語の格言で,日本語では「ゆっくり急げ」という意味だそうである.一見相反する2単語が並べられているが,永谷先生のおっしゃるとおり,脳神経外科の手術では「ゆっくり急ぐ」のはとても大切な心構えである.手が速く動くのが必ずしもうまい手術ではなく,手の動きはゆっくりでも,緩急・強弱がつき,リズムが全体のバランスを取っている手術が理想だという永谷先生のご意見にまったく賛成である.

 高安正和先生からは頚椎人工椎間板治療の総説をいただいた.本手術を最も多く経験してこられた高安先生ならではの,とてもわかりやすい総説である.現在,日本で使われている製品にたどり着くまでの人工椎間板の歴史と,現時点での治療成績,そして今後どのように展開していくかについての理解が進んだ.脊髄脊椎をサブスペシャリティーにしている読者だけではなく,一般の脳神経外科医にもぜひ熟読をお勧めする.

基本情報

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Neurological Surgery 脳神経外科
48巻7号 (2020年7月)
電子版ISSN:1882-1251 印刷版ISSN:0301-2603 医学書院

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