Neurological Surgery 脳神経外科 45巻3号 (2017年3月)

脳神経外科医の心技体 永廣 信治
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 大学の脳神経外科講座教授の退官を控え,「脳神経外科医はどうあるべきか」,「医学生はどうあるべきか」など,自分の経験をメッセージとして伝える機会が増えている.これは去りゆく者に課せられた義務と認識し,自らを振り返るよい機会となっている.私事で恐縮だが,私の人生には脳神経外科医と柔道家としての2つの顔があると自覚している.したがって,話はよく脳神経外科から脱線して柔道の話になってしまう.ここでは脳神経外科医における心技体と得意技(subspecialty)選択の意義について述べてみたい.

 2004年に徳島で開催した脳神経外科コングレスの主題は,「脳神経外科医の心技体」とし,柔道家の古賀稔彦氏に文化講演を依頼した.古賀氏は心技体の中で特に心の重要性を述べ,「なぜ柔道をするのか」について考え,強い覚悟と志を持たねば試合には勝てない,試合では余分な緊張や弱気があれば自分の実力を100%発揮できないが,強い精神力と自信,無我の境地で臨むと120%以上の実力を出せる,などと述べた.心と志,精神力は,医師特に脳神経外科医として生き抜くのにも重要な要因である.手術前に戦略を練り,成功に向けた万全の準備を行う.手術前に必ず行うルーチンを決めておくのも,手術中に「平静の心」を持つのに大切だと思う.野球のイチロー氏もラグビーの五郎丸氏もそれぞれルーチンを持ち,しっかりと精神統一をしている.私も手術の朝は必ず握り飯とみそ汁を食べることや,手洗い前に精神統一をするなど,つまらないことかもしれないが,いくつかのルーチンを持っている.

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Ⅰ.はじめに

 海馬硬化症(hippocampal sclerosis)を主な原因とする内側側頭葉てんかん(mesial temporal lobe epilepsy:MTLE)は外科治療による発作抑制が効果的で,その手術法としては,前部側頭葉切除(anterior temporal lobectomy:ATL)による扁桃体海馬摘出術と,側頭葉内側構造物である海馬,扁桃体および海馬傍回(parahippocampal gyrus)のみを摘出する選択的扁桃体海馬摘出術(selective amygdalohippocampectomy:SA)がよく知られている.

 ATLは,言語優位側の手術では,術後の言語性記銘力の低下13)や,側頭葉内の視放線が一部損傷されることによる対側の上1/4盲の出現が問題となる.ATLの合併症を回避するためにSAが開発されたが,記銘力中枢である海馬を切除するため,海馬に記銘力の機能が正常に温存されている場合には,両手術法ともに術後の記銘力低下が問題となる.一般に,海馬硬化症においては,もともと患者の記銘力が低下している例が多いため,それほど大きな問題とはならない.しかし,MRI上で海馬萎縮および海馬硬化症の所見が認められない,いわゆるMRI陰性側頭葉てんかん(MRI-negative temporal lobe epilepsy:MRI-nTLE)は術前の記銘力が正常に維持されていることが多いため,海馬切除後に記銘力低下が顕著となる可能性が高い.このMRI-nTLEや腫瘍関連性のMTLEに対して,記銘力を温存しながら発作抑制を行える手術法が求められていた.

 2006年にShimizuらは,MRI-nTLEの言語性記銘力の温存に,軟膜下皮質多切術(multiple subpial transection:MST)11)を海馬に応用した経上側頭回到達法による海馬多切術が有効であることを発表した17).筆者らは海馬多切術を経シルビウス裂到達法で行うことにより,側頭葉外側皮質の損傷を回避し,さらに低侵襲に手術を 行うよう工夫している18).本稿では代表例の術中写真を提示しながら,経シルビウス裂到達法による海馬多切術(transsylvian hippocampal transection:TSHT)の手術手技と記銘力および発作予後について述べる.

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Ⅰ.はじめに

 脳深部刺激療法(deep brain stimulation:DBS)は,薬剤抵抗性の不随意運動,特にパーキンソン病(Parkinson disease:PD)やジストニア,振戦に対し有効で,確立された治療法である.従来は定電圧刺激のみであったが,2012年から定電流刺激もできるようになり,アドバンスモード,マルチプログラミング(interleaving stimulation),グループ設定などの調節性が向上し,充電式モデルも登場した.VerciseTM DBS(Boston Scientific Neuromodulation)は,2015年4月に本邦で上市された新しい充電式定電流システムである.VerciseTM DBSの特徴は,8極リード(Fig.1A)に対し電源供給源がそれぞれ独立していて,各接触子に異なる電流値を1%刻みで配分し,刺激領域をリード軸方向に連続的に移動できる技術を導入している点である(multiple independent current control:MICC).PDや本態性振戦などに対するDBSに伴う副作用は,マルチプログラミングによるcurrent shapingや,MICCのcurrent steeringを使って刺激の強弱を作ることで回避できる2,3,4,18).MICCは本邦ではまだ使用症例が少なく,その繊細な刺激調節性が他機種に比してどのような優位性があるかはわかっていない.今回われわれは,VerciseTM DBSの発売から1年間に,振戦要素の強いジストニア症例に施行した淡蒼球内節(globus pallidus internus:GPi)に対する電気刺激(GPi-DBS)の早期の使用経験について報告する.

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Ⅰ.はじめに

 味覚は五感の1つであり,その中には甘味,苦味,塩味,酸味,うま味の5つの要素がある.味覚低下・消失,異常味覚などの味覚障害の原因には,末梢性および中枢性のものがある.末梢性味覚障害の原因として,偏った食生活による亜鉛不足,薬の副作用,口腔内乾燥,糖尿病・肝障害・腎障害などの全身性疾患の合併,放射線治療などが挙げられる.中枢性味覚障害は,味覚伝導路の障害で生じる.脱髄性疾患5),橋出血2),橋梗塞4),視床梗塞4)などで報告があるが,脳腫瘍による中枢性味覚障害は稀である.

 今回われわれは,69歳男性で,味覚障害を発症し,外科手術による腫瘍摘出後に味覚障害が改善した小脳血管芽腫の1例を経験したので,文献的考察を踏まえて報告する.

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Ⅰ.はじめに

 Carney complex syndromeは1985年にCarney JAらによって報告された常染色体優性遺伝で全身性色素沈着,多臓器内分泌疾患を伴う家族性腫瘍性疾患である.今回われわれは,Carney complex syndromeと診断した高齢女性の下垂体腺腫の1症例を経験したので,文献的考察を踏まえて報告する.

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Ⅰ.はじめに

 脳内出血は一次性と二次性に分けられ,一次性脳内出血は脳細動脈壁の脆弱化により出血が生じ,高血圧性血管症ないしはアミロイド血管症がその主な原因である2,8).一方,二次性脳内出血の原因としては脳動静脈奇形や海綿状血管腫などの脳血管奇形や,脳腫瘍からの出血,出血性梗塞,凝固異常や抗血栓薬の使用などが報告されている3).特に皮質下出血の場合,脳腫瘍の存在も常に念頭に置く必要がある.通常,脳腫瘍による脳内出血は,転移性脳腫瘍や悪性神経膠腫などの悪性脳腫瘍に多いため4,7,9),血腫周囲の脳浮腫が著明であったり,造影MRI検査で造影病変が認められたりして診断されることが多い.しかし,良性脳腫瘍の場合は,脳浮腫が軽度で造影効果も乏しいことが多く,初期診断において見落とされがちである.今回われわれは,血腫の縮小とともに脳浮腫の縮小を認めたが,長期観察においてその後に脳浮腫の再増大を認めたことで診断に至った,低悪性度神経膠腫の1例を経験したので,診断のピットフォールを中心に,文献的考察を含めて報告する.

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Ⅰ.はじめに

 多発性硬膜動静脈瘻は稀な疾患であり,両側性の海綿静脈洞病変を除いて,硬膜動静脈瘻(dural arteriovenous fistula:dAVF)全体の約7〜8%と報告されている1).今回,一側の結膜充血で発症した多発性dAVFsの1例を経験した.皮質静脈逆流(cortical venous reflux:CVR)を伴い,pial AVFを合併した左テント部dAVFに対して経動脈的塞栓術と開頭術で治療し,良好な転帰を得たので,文献的考察を加えて報告する.

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Ⅰ.はじめに

 顔面痙攣は,顔面神経(第Ⅶ脳神経)の不随意な興奮によって,支配筋である顔面筋の引きつれや痙攣をはじめとしたさまざまな臨床症状を呈する脳神経疾患であり,アジア系人種に多く発症することが知られている12).この主な病因として,椎骨動脈(vertebral artery:VA),脳底動脈(basilar artery:BA)または後下小脳動脈(posterior inferior cerebellar artery:PICA)あるいはその分枝が顔面神経に触れ,拍動性の圧迫を生じるためであることが知られている2,5)

 Microvascular decompression(MVD)は,神経を圧迫する血管を転位させることにより神経減圧を図る手術法であり,最も効果的な治療である9).しかし,その治癒率は90.5〜96.7%と報告されており,未だ根治的治療とは言えないのが現状である3,6)

 片側顔面痙攣の治療成績向上を目的として,異常筋反応モニタリング(abnormal muscle response:AMR)や動脈刺激筋反応モニタリング(artery wall stimulating electromyography:AWS-EMG)の有用性が提唱されている13).今回われわれは,片側顔面痙攣症例に対してAMR併用下にAWS-EMGを行い,術中AMRおよびAWS-EMGが検出され,かつ神経減圧によって異常波の消失を得た症例を経験したので報告する.

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Ⅰ.はじめに

 前大脳動脈(anterior cerebral artery:ACA)のanomalyはazygos variant, bihemispheric ACA, triple A2(accessory ACA:AccACA)などが知られており,臨床上しばしば見受けられる.Azygos variantや,bihemispheic ACAなどに合併したACA遠位部動脈瘤によるくも膜下出血(subarachnoid hemorrhage:SAH)症例は文献上散見するが,bihemispheric ACAのA1-A2 junctionに発生した動脈瘤によるSAH症例は,われわれが渉猟し得た限りでは見当たらない.今回われわれはbihemispheic ACA A1-A2 junctionに発生した動脈瘤によるSAH症例を経験したので,文献的考察をまじえて報告する.

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Ⅰ.はじめに

 頚椎椎間板ヘルニアはC5/6,C6/7に多く3),C7/T1椎間板ヘルニアは全体の4〜8%程度と稀である4,10,13).さらに,C7/T1椎間にはルシュカ関節が通常存在しないことなどから,ヘルニアはおおむね外側に突出するため,C8神経根症として発症することが多いと報告されている4,10,13).今回われわれは,脊髄症で発症したC7/T1高位における正中型椎間板ヘルニアの1例を経験した.極めて稀な症例と考えたので,文献的考察を加え報告する,

脳神経外科診療に役立つ薬物療法の知識

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Ⅰ.はじめに

 脳血管攣縮は,くも膜下腔に広がった血液によって,くも膜下出血発症から4〜14日後に惹起される脳主幹動脈の可逆的かつ数日ないし数週間にわたる持続的血管狭窄を意味する.症候性脳血管攣縮は,くも膜下出血発症から4〜14日後に,頭蓋内疾患や全身状態の悪化をはじめとする,他に原因を求めることができない脳の巣症状,麻痺,意識障害などが出現した状態で,かつ脳血管攣縮が確認された場合と定義される25).脳血管攣縮は脳血管撮影上約30〜70%に認められ,症候性脳血管攣縮は約20〜30%に認められる.くも膜下出血の死亡率は低下傾向にあるものの,死亡原因としての脳血管攣縮の占める割合は5〜6%であり,経年的に変化を認めていないのが現状である29)

 脳血管攣縮の病因に関する研究は,種々の観点から盛んに行われ50年以上の歴史を有するが,いまだその全貌が解明されるに至っていない14)(Table1).病因が多様であるため,脳血管攣縮に対する根本的な治療法は存在せず,くも膜下出血発症後2週間は薬物療法,髄液管理,全身管理,血管内治療を組み合わせた対症療法を行い,脳血管攣縮を克服するしかないのが現状である.なかでも薬物療法は脳血管攣縮の治療の柱の1つであり,十分精通する必要がある.本稿では脳血管攣縮に対する薬物療法について言及している文献をレビューし,最新のトピックスを含めて解説する.

連載 脳腫瘍の手術のための術前・術中支援

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Ⅰ.はじめに

 頚静脈孔近傍を含む大後頭孔(大孔)外側部は後頭骨と環椎からなり,環椎後頭関節(atlanto-occipital joint:A-O joint)がある.その外側には頚静脈孔(jugular foramen)が,その後方には椎骨動脈(vertebral artery:VA)が,頚静脈結節とcondyleの間には舌下神経管(hypoglossal canal)があり,それらの中を静脈と脳神経が走る.大孔外側部から頚静脈孔近傍へアプローチする際,これらが障害物となる.

 頚静脈孔近傍,延髄前面の斜台下部へは大孔外側部経由のアプローチが用いられる1-4,6,8).大孔外側部からのアプローチとしては,Herosのfar lateral approach4),Perneczkyのposterolateral approach8),Bertalanffyらのtranscondylar approach(後頭顆経由法)2),そしてSenらのextreme lateral approach9)などが有名である.このようにさまざまな名称で報告された大孔外側部からのアプローチの違いは大変理解しにくいが,基本的には開頭の骨削除範囲の違いと考えられる.松島らはA-O jointを傷つけずに顆窩(condylar fossa:CF)から頚静脈結節にかけて効率よく骨削除するように,また,開頭時の骨削除範囲をわかりやすく明確にするために顆窩経由法(transcondylar fossa approach:TCFA)というアプローチ名を提唱した7).TCFAは頚静脈孔を含む延髄外側部の病変を処理する際に非常に有用な手術法であり,本稿では大孔外側部の微小外科解剖を述べるとともに,TCFAについて解説する.

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次号予告

編集後記 高安 正和
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 先日,アメリカ合衆国第45代大統領ドナルド・トランプ氏の就任式が行われた.アメリカの大統領選挙は日本のみならず世界の大多数の人々が予想もしない結果であり,アメリカの政策は自由主義経済圏のリーダーから自国の利益優先へと転換された.私の若い頃は自由・公正,豊かで,世界の中心であったアメリカに憧れ,私自身,実際に夢を叶えて2年半の留学生活を送ることができた.トランプ大統領のアメリカには果たして憧れが抱けるであろうか.若い先生の海外留学が減少している現在,留学への意欲をさらにそぐことにならなければよいがと危惧している.

 本号の「扉」では,定年退官を間近に控えた徳島大学の永廣信治教授から「脳神経外科医の心技体」というテーマで,柔道における先生の豊富な経験から脳神経外科医の心がけについて含蓄のあるお話をいただいた.「解剖を中心とした脳神経手術手技」では,東京都立神経病院の森野道晴先生らが経シルビウス裂到達法による低侵襲な海馬多切術の手術手技をわかりやすい図とともに提示され,手術症例の記銘力温存も良好であったことを示された.「研究」では,福岡みらい病院の宮城靖先生から,ジストニア振戦に対し8極の接触子の電流を独立して細かく制御できるVerciseTM DBSシステムを使用することによって,副作用を回避しつつ最大限の効果を得られることが示された.また,連載「脳腫瘍の手術のための術前・術中支援」では,佐賀大学の河島雅到先生から頚静脈孔近傍腫瘍に対する開頭術について,詳細な外科解剖に基づきわかりやすく解説いただいた.「脳神経外科診療に役立つ薬物療法の知識」では,岡山大学の菱川朋人先生らに「脳血管攣縮に対する薬物治療」について解説していただいた.そのほかにも,脳神経外科の各分野からさまざまなテーマの7編の症例報告が掲載されており,充実した内容となっている.専門外の分野の論文にもぜひ目を通していただき,脳神経外科の知識を深めていただきたい.

基本情報

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Neurological Surgery 脳神経外科
45巻3号 (2017年3月)
電子版ISSN:1882-1251 印刷版ISSN:0301-2603 医学書院

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