Neurological Surgery 脳神経外科 28巻10号 (2000年10月)

千年の釘—ものの寿命 田村 晃
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 奈良薬師寺の解体修理に際して創建当時の釘(白鳳の釘)がみつかっている.夕食を摂りながら何気なく見ていたテレビ番組で,千年の長きにわたりこの大寺を支えてきた千年の釘にまつわるドキュメントをやっていた.現在,私たちが日常的に使用している釘の寿命は,せいぜい50年位という.両者の違いは,どこにあるのであろうか?法隆寺をはじめ多くの寺院などの解体修理をてがけてきた有名な宮大工の西岡常一氏は,薬師寺講堂の解体修理に際して「千年の釘」を現代に蘇らせて使用したいと考えて,この釘を作れる鍛冶を探した.愛媛県松山市に住む鍛冶職人の白鷹幸伯氏がこれに挑んだ.「千年の釘」の秘密はほんの少しの組成の違いにあった.釘は硬ければ硬いほど良いのではないかと私たち素人は思うが,そうではないらしい.硬すぎる釘は折れやすく,また,木の節にあたると硬いがゆえにそれを貫き,木を割ってしまうという.軟らかすぎれば打ち込むときに曲がってしまう.適度な柔軟性を持った釘は,節にあたると曲がって節に沿ってカーブするように入っていく.実際にカーブして入っている様が映し出されて驚いた.「千年の釘」のもう一つの秘密は,その形状にあった.釘の真ん中付近がわずかに太くなっており,ギリシャ建築の石柱に端を発し法隆寺や唐招提寺の柱にも見られるエンタシスのような形状をなしている.この形状ゆえに打ち込まれた木材に密着し抜けにくくなる.松山の鍛冶は試行錯誤をかさね,現代の「千年の釘」を作り上げた.彼の作った新しい「千年の釘」が使われて薬師寺の解体修理は終わった.この釘は,あと千年,30世紀まで生き続けるであろう.熟練した技と,工夫と運とが50年と千年の差を作り出した.

総説

解離性脳動脈瘤 渡辺 高志
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I.はじめに

 解離性脳動脈瘤または脳動脈解離は,最近脳神経外科領域においてしばしば見かける疾患である.疾患そのものが増えているのかも知れないが,むしろそのような疾患の存在がいきわたったことや診断技術の進歩によるものと思われる.脳動脈の解離はどの血管にも起こるが,本邦で最もよく遭遇するのは後頭蓋窩,特に椎骨動脈の解離である.脳梗塞にて発症する解離の多くは神経内科医が扱うことになろうが,くも膜下出血で発症する解離は脳神経外科医が診ることになる.しかし,脳梗塞もくも膜下出血も起こさない突然の後頸部痛が,椎骨動脈の解離を起こしていることもあるので,日常の診療にも気を使っている.たとえ腰椎穿刺を行い髄液が血性でなくても,MRAまたはCT angioを行うようにしている.以前より,くも膜下出血で発症した椎骨動脈系の解離性動脈瘤の患者は,入院前,入院時およびその後間もない時期に頻回に再破裂を起こしているという印象があり,鳥取大学とその関連病院の症例を検討したので,その結果について述べる1).また,最近比較的まれな前大脳動脈A1部の解離を経験し,文献を調べたところ興味ある知見を得たのでそれについても述べる2)

解剖を中心とした脳神経手術手技

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I.はじめに

 耳鼻咽喉科領域の悪性腫瘍が頭蓋底に浸潤した症例の中で手術適応があると判断されたものに対しては,腫瘍を含む頭蓋底と顔面頭蓋の一塊摘出術が行われる.切除の対象となる頭蓋底は主として鼻・副鼻腔悪性腫瘍が浸潤する前・中頭蓋底と聴器あるいは耳下腺悪性腫瘍が浸潤する中・後頭蓋底の2種類である.前・中頭蓋底はさらに前,中,および前中頭蓋底の3部位に分けられる.本稿では発生頻度の点から,鼻・副鼻腔癌の浸潤に対する前中頭蓋底・鼻副鼻腔一塊摘出術について,解剖を中心とした手術手技の解説を行う.なお,頭頸部癌の外科的治療理念の立場からは,癌の摘出法は分割切除ではなくて一塊切除が基本である1,2)

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I.はじめに

 近年の分子生物学や遺伝子工学の目覚ましい発達により中枢神経系疾患に対する遺伝子治療が可能になってきた.先天性疾患,後天的変性疾患,脳血管障害への適応が考えられる中,脳腫瘍へも新しい治療法として応用されている8).脳腫瘍における遺伝子治療の難しさは使用する標的遺伝子の選択にある.細胞腫瘍化の機構が明確になるにつれ発癌遺伝子・癌抑制遺伝子など関連する遺伝子群が増え,その相互関係も複雑化してきている14,25-27).選択的かつ効果的な殺細胞効果を示す標的遺伝子の選択が必須と考えられる中,herpes simplex virus-thymidine kinase(HSV-TK)遺伝子とganciclovir(GCV)を利用したHSV-TK/GCV遺伝子療法(いわゆる自殺遺伝子療法)が考案され12,13),すでに臨床応用されている1-3,19,20).この治療法の原理は,レトロウイルスを用いて薬剤(GCV)感受性を示す遺伝子(HSV-TK)を腫瘍細胞に導入し,GCVを投与することにより選択的な殺腫瘍細胞効果を導く方法である12,21)

 チューリッヒ大学脳神経外科では1996年から膠芽腫に対するHSV-TK/GCV遺伝子治療を開始した.この治療はNovartis Pharma,Ltd., Basel,Switzerlandとの共同治験(GLI-328 Study Group)として初発例と合わせ再発例に対しても施行している22).今回の臨床治験は再発膠芽腫に対する治療効果と生物学的安全性の検討を目的としているが,本報告では再発膠芽腫5例における治療効果を臨床経過とMRI所見より検討し,今後の臨床応用に当たり改善すべき問題点について考察を加えた.

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I.はじめに

 脳神経外科領域では意識低下,経口摂取不能に陥り,長期の栄養管理を要する患者が多い.中心静脈栄養,経鼻胃管栄養が中心であったが,感染や苦痛を中心とする合併症が問題である,そこでわれわれはこれらの患者に対し経皮内視鏡的胃瘻造設術percutaneous endoscopic gastrostomy(PEG)を行い,良好な結果を得ているので報告する.

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I.はじめに

 中枢神経系原発性悪性リンパ腫(primary cen-tral nervous system malignant lymphoma;PCN SML)は近年,後天性免疫不全症候群(acquired immunodeficiency syndrome;AIDS)の増加とともに急増しており,種々の報告,研究がなされている.しかし本邦ではAIDSの発生率が欧米に比べて低いにもかかわらず,PCNSMLの発生は増加している1).PCNSMLは一般的に脳実質から発生するとされており実質外に発育するものはきわめて稀で,髄外にPCNSMLを認めた例は,発育形式を問わず小脳橋角部に発生したものも含めこれまで14例が報告されているに過ぎない10).今回われわれは,小脳半球に原発し下位脳神経に沿って髄外に進展,発育した稀なPCNSMLの1例を経験したので文献的考察を加え報告する.

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I.はじめに

 近年,頸部内頸動脈狭窄症に対するステント留置術が数多く行われるようになり,頸動脈内膜剥離術(Carotid endarterectomy;CEA)に肩を並べる程の良好な成績をあげている2,7,8).欧米では既に数千例以上が行われ,CEAと並んで有用な治療法の一つとなりつつある.また,頭蓋内血管に対するステント留置術も近年行われているが,ほとんどは椎骨脳底動脈を対象としたものであり5),頭蓋内内頸動脈に関するものは未だ少ない1,4)

 今回,われわれは頭蓋内(海綿静脈洞部)内頸動脈狭窄病変の1例に対して,冠動脈用ステントを使用したステント留置術に成功したので,若干の考察を加えて報告する.

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I.はじめに

 後頭蓋窩cavernous angioma(CA)は出血にて発症しやすく再出血率も高いことが報告されている3,4,6,21).近年,顕微鏡下手術の進歩,術中モニタリングの普及によりこれまで困難とされていた脳幹実質内病変に対する直達術の報告が増えているものの2,5,9,14,17,20),なお橋-延髄へのアプローチには重要な神経脱落症状を来す可能性があるため手術適応を決定することは重要であると同時に困難でもある.今回,3度の出血を繰り返しながら神経症状の進行とともに増大する橋-延髄部海綿状血管腫に対して直達術を経験したが,その臨床経過や術中所見から,今後の脳幹部海綿状血管腫に対する手術適応決定の一助になると思われたので文献的考察を加え報告する.

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I.はじめに

 高齢化社会となるにつれて,超高齢者の破裂脳動脈瘤に遭遇することも多くなってきている.80歳を超えてもgradeが良くかつ病前の状態がよければ積極的に手術をするという施設が増加してきているが,依然として,超高齢者の破裂脳動脈瘤は予後不良である.その原因の一つとして,術後長期臥床を強いることによる肺炎の合併,筋力低下,痴呆の進行などがあげられる.今回われわれは,90歳を超える破裂脳動脈瘤例に対してクリッピング術を行った.脳室ドレナージ用に開発されたone-way ball valveであるアクティーバルブⅡ®(カネカメディクス)を,術後早期に脳槽ドレナージに利用することにより,早期離床を促し独歩退院とすることができた.超高齢者くも膜下出血術後管理の問題点につき若干の考察を加えつつ報告する.

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I.はじめに

 くも膜下出血に伴う硝子体出血によって視野障害をきたす疾患が1900年Tersonにより初めて報告された17).以後,その発生機序や治療,予後等についてさまざまな報告がなされたが,診断は眼底写真によるところが大きく,CTやMRIによる評価をしたものは少ない.今回,くも膜下出血患者のMRIにてTerson症候群に特異的と思われる所見を認めたので,若干の文献的考察を加え報告する.

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I.はじめに

 頭蓋内原発の胎児性癌はきわめて稀であり,中年以降にprimary intra-cranial germ cell tumor(以下GCT)が発生することもまた稀である.今回われわれは,42歳男性の松果体部に発生したpure embryonal carcinoma(以下EC)を経験したので文献的考察を加え報告する.

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I.はじめに

 乾癬性関節炎は強直性脊椎炎,ライター症候群と互いに共通する疾患であり,血清反応陰性脊椎関節炎(seronegative spondyloarthropathy)という呼称で一括されている.これらの疾患は血清リウマトイド因子が陰性で,仙腸関節炎および脊椎炎が存在し,靱帯症を有しHLA B-27陽性率が高いという特徴をもつ.

 これらの疾患に共通する脊椎病変は,靱帯や関節包,腱付着部炎を来し,進行すると椎体間の骨性癒合によりbamboo spineとなる.強直した脊椎は軽微な外傷に対しても容易に損傷し,脊髄や神経根症状を呈する頻度が高いと言われている8,9).今回われわれは軽微な外傷によって引き起こされた脊椎骨折に硬膜外血腫を伴った症例を経験したので報告する.

歴史探訪

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I.はじめに

 本誌27巻3号(1999年)に「脳はなぜ脳と書くのか」という小文を掲載して貰った1)ところ,各方面から,かなりの反響があった.大方は筆者の意を諒とされての励ましの言葉であった.中には励ましが過ぎて,「この調子で全身の臓器の名称の由来を考察せよ」とのありがたいご指示もあった.

 だが「脳」の字に絡んでの,かなり突っ込んだ議論もあった.まず,「脳」の字の構成成分で月と髪(巛)には問題はないらしい.取り上げられるのは「凶」に当たる字画である.脳の字のこの部分は「囱(そう)」と書くのだと思いこんでいたという人,凶の上に「なべぶた」があるはずだという人,それも少し離れているはずだというような,かなり細かい指摘があった.そして,鈴木二郎先生の「脳と脳」2)が引用してあったのである.

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 意識障害を有する患者等に対ししばしば経管栄養が施行されるが,一般に白色の経管栄養剤は,誤嚥した際も発見が遅れる傾向があり,経管栄養中でさえ誤嚥による肺炎を併発することが体験される1).そのため経管栄養を開始する際は,X線透視下の造影剤検査や内視鏡検査等により誤嚥の有無を検討することが望ましいとされるが1),実際臨床においては理学所見等を目安に経管栄養が開始されるのが現状ではなかろうか.

 当施設においては,経管栄養を開始する以前より,お湯,もしくは5%ブドウ糖100mlを胃管より投与しているが,経管栄養開始が予想される場合そこに0.1%ゲンチアナバイオレット(ピオクタニン)を1ml混和している.そうすることによって気管分泌物の色調より早期に誤嚥を発見することが可能となり,経管栄養投与の可否を検討する上で有用な情報を得ることができる.われわれの経験では,100mlにて問題を生じない場合でも誤嚥を生じる場合が稀ではあるが存在するため,250mlで同様の試みを行い,経管栄養を開始することとしている.ゲンチアナバイオレットは本来色素であるが,人体には非刺激性であり,最近ではMRSAに対し抗菌作用を有しているとも報告されている2).この方法は非常に簡便かつ有効であり,誤嚥が発見された場合も,体位等を工夫することによって,比較的安全に経管栄養を開始/再開することができ,実際臨床においても軽微な努力で不幸な誤嚥を防げる可能性があると考えられる.

基本情報

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Neurological Surgery 脳神経外科
28巻10号 (2000年10月)
電子版ISSN:1882-1251 印刷版ISSN:0301-2603 医学書院

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