扉
千年の釘—ものの寿命
田村 晃
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1帝京大学医学部脳神経外科
pp.846-847
発行日 2000年10月10日
Published Date 2000/10/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1436901949
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奈良薬師寺の解体修理に際して創建当時の釘(白鳳の釘)がみつかっている.夕食を摂りながら何気なく見ていたテレビ番組で,千年の長きにわたりこの大寺を支えてきた千年の釘にまつわるドキュメントをやっていた.現在,私たちが日常的に使用している釘の寿命は,せいぜい50年位という.両者の違いは,どこにあるのであろうか?法隆寺をはじめ多くの寺院などの解体修理をてがけてきた有名な宮大工の西岡常一氏は,薬師寺講堂の解体修理に際して「千年の釘」を現代に蘇らせて使用したいと考えて,この釘を作れる鍛冶を探した.愛媛県松山市に住む鍛冶職人の白鷹幸伯氏がこれに挑んだ.「千年の釘」の秘密はほんの少しの組成の違いにあった.釘は硬ければ硬いほど良いのではないかと私たち素人は思うが,そうではないらしい.硬すぎる釘は折れやすく,また,木の節にあたると硬いがゆえにそれを貫き,木を割ってしまうという.軟らかすぎれば打ち込むときに曲がってしまう.適度な柔軟性を持った釘は,節にあたると曲がって節に沿ってカーブするように入っていく.実際にカーブして入っている様が映し出されて驚いた.「千年の釘」のもう一つの秘密は,その形状にあった.釘の真ん中付近がわずかに太くなっており,ギリシャ建築の石柱に端を発し法隆寺や唐招提寺の柱にも見られるエンタシスのような形状をなしている.この形状ゆえに打ち込まれた木材に密着し抜けにくくなる.松山の鍛冶は試行錯誤をかさね,現代の「千年の釘」を作り上げた.彼の作った新しい「千年の釘」が使われて薬師寺の解体修理は終わった.この釘は,あと千年,30世紀まで生き続けるであろう.熟練した技と,工夫と運とが50年と千年の差を作り出した.
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