細胞工学 32巻11号 (2013年10月発行)

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特集　体内の細菌が作るもう一つの世界:マイクロバイオームの驚異

基礎の基礎服部　正平 32巻11号 , 2013年10月 , pp.1110-1114

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細菌学のルーツはオランダのレーウェンフックが手製の顕微鏡で微生物（細菌）の存在を記録した1663年に遡る．ついで，1800年代後半にコッホやパスツールにより炭疽菌やコレラ菌などの病原菌の純粋培養法（低温殺菌や寒天培地）や抗血清療法などが開発され，感染症（病原菌）を対象とした近代細菌学が確立された．一方，人体には病原菌と区別される常在菌が生息する．1886年にはエッシェリヒによって今日の大腸菌（Escherichia coli）が乳児から分離された．パスツールは「人間の生存には常在菌が必須である」と推測したが，この推測は今日の無菌マウスの作製によって否定された．しかし，無菌マウスは盲腸の肥大化などの組織学的にも免疫学的にも様々な異常があり，常在菌は個体の成熟化に必須であることは今日疑いのない事実となっている．我が国の常在菌研究は，光岡知足博士らによる腸内細菌の系統的研究（腸内細菌学）が進められた1960年代に始まる．1980年代には，PCRによる細菌の16SリボソームRNA（16S rRNA）遺伝子を指標とした培養を介さない解析法が開発された．このメタ16S解析（細菌叢の16S rRNA遺伝子を一括解析する）で検出された菌種数が培養法での菌種数を大きく凌駕し，ヒト腸内細菌叢には多くの未知“難培養性細菌”が存在することが示された．一方で，16S解析で検出された個々の細菌の性質や機能はそれらを培養しないかぎり知ることはできない．この細菌叢研究の限界とジレンマは長い間多くの未知細菌を手付かずのままにした．これは土壌などの他の環境細菌叢も同様であった．そして，この限界を打破する土壌細菌叢のメタゲノム（全構成細菌の集合ゲノム）から有用な遺伝子を探索する手法が1998年に提唱された．ここで使われた“メタゲノム”は特定の遺伝子を狙い撃ちするためのリソースを意味し，2004年に発表された海洋細菌や鉱山廃液細菌叢の遺伝子をショットガンシークエンスで枚挙するメタゲノム解析とは意味合いが異なる．そのため今日では，前者を環境ゲノミクス，後者をメタゲノミクスと区別する方向にある．一方，ヒト腸内細菌叢のメタゲノム解析は2006年と2007年に米国と日本のグループにより相次いで論文となった．ここに，半世紀に及んだ個別菌の培養や菌種中心の常在菌叢研究は，今や全体構造や機能（宿主への作用）を究明するヒトマイクロバイオーム研究へと変貌した．

ヒトの腸内マイクロバイオーム西嶋　傑 , 服部　正平 32巻11号 , 2013年10月 , pp.1129-1132

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ヒト腸内には数百種の細菌が生息しており，それらがコードする遺伝子（腸内マイクロバイオーム）はヒトの第二のゲノムと呼ばれるほど，ヒトの健康および疾患と密接な関わりを持つ．近年のシークエンス技術の発達により，それらの菌種組成・遺伝子機能など，網羅的な情報の取得が初めて可能となり，腸内マイクロバイオームの全体像が解明されつつある．これらの研究は腸内細菌叢をターゲットとした健康維持・疾患治療など，新たな医療分野を創出すると同時に，ヒトと腸内細菌叢を合わせて1つの生命体とする“超有機体”という新たな概念を生み出し，ヒトという生命の認識さえ変えてしまう可能性を持つ．

腸内細菌によるT細胞分化とDysbiosisが引き起こす炎症慢性化本田　賢也 32巻11号 , 2013年10月 , pp.1133-1137

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消化管粘膜は，環境と接し病原性微生物の最大の侵入経路となるため，頑強なバリアシステムを構築している．強い活性を持つ免疫細胞は，そうした消化管バリアにおける重要な構成要素として機能している．一方で，消化管免疫システムは，日常的に接する無害な食物抗原や腸内常在細菌に対しては，不必要に応答しないよう制御されている必要がある．こうした消化管免疫システムの活性化と抑制の調節に，腸内細菌の存在が深く関わっていることが知られている．近年，ノトバイオート動物解析や次世代シークエンサーによるマイクロバイオーム解析によって，個々の腸内細菌種が，それぞれ異なる様式で免疫システムに働きかけ，全体としてバランスのとれた免疫システムを構築していること，そしてその破綻が様々な疾患につながることが明らかになってきている．なかでもセグメント細菌（segmented filamentous bacteria）が，Th17細胞と呼ばれるエフェクターT細胞を強力に誘導すること，一方，Clostridium 属の細菌種が制御性T細胞（Treg細胞）と呼ばれる抑制性の細胞の数を増やし，その機能を高めることが明らかとなっている．

統合オミクスによる腸エコシステムの全容理解に向けた取り組み福田　真嗣 , 大野　博司 32巻11号 , 2013年10月 , pp.1138-1142

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次世代シークエンサーや質量分析計などのハードウェアの発達に伴い，それらを利用した生体分子の網羅的解析手法が確立されてきている．これらオミクス解析手法を適用することで，ヒト腸管内に生息している多種多様な腸内共生細菌群のカタログ化やそれらの細菌群がどのように機能して宿主生体に影響を与えているのか，といった宿主- 腸内共生細菌間相互作用の詳細に関する知見が徐々に蓄積しつつある．本稿では，腸内共生細菌叢のメタゲノム情報に加えて，代謝物情報や発現遺伝子情報を加味した統合オミクスによる，腸エコシステムの全容理解に向けたアプローチについて紹介する．

腸内細菌叢生態の数理モデル構築高安　伶奈 , 高安　美佐子 32巻11号 , 2013年10月 , pp.1143-1147

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細菌叢が食べ物などの違いで変化や個体差があっても，種個体数分布は同じ種の中で保存されており，観測した多くの動物でベキ指数0.5〜 1.2のベキ分布に従っていた．環境によって大きく構成を変える腸内細菌叢だが，その背後に潜む普遍的な増殖のメカニズムを想定し，細菌叢が腸内部で形作られる三次元数理モデルを構成することで，今回マウスとヒト腸内細菌叢の種個体数分布とランキングの変動を含む観測事実を説明する基盤ができつつある．

海外注目論文解説　海外のマイクロバイオーム注目研究宋　碩林 , 大原　直也 32巻11号 , 2013年10月 , pp.1148-1151

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マイクロバイオーム（細菌叢）研究はここ数年急成長しており，マイクロバイオームの構成を明らかにする論文から宿主との機能的相互作用の解析，さらに臨床応用を目指した論文など，日々国内外で注目論文が数多く報告されている．

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細胞工学
32巻11号
(2013年10月発行)

電子版ISSN：印刷版ISSN：0287-3796 Gakken

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