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細菌学のルーツはオランダのレーウェンフックが手製の顕微鏡で微生物(細菌)の存在を記録した1663年に遡る.ついで,1800年代後半にコッホやパスツールにより炭疽菌やコレラ菌などの病原菌の純粋培養法(低温殺菌や寒天培地)や抗血清療法などが開発され,感染症(病原菌)を対象とした近代細菌学が確立された.一方,人体には病原菌と区別される常在菌が生息する.1886年にはエッシェリヒによって今日の大腸菌(Escherichia coli)が乳児から分離された.パスツールは「人間の生存には常在菌が必須である」と推測したが,この推測は今日の無菌マウスの作製によって否定された.しかし,無菌マウスは盲腸の肥大化などの組織学的にも免疫学的にも様々な異常があり,常在菌は個体の成熟化に必須であることは今日疑いのない事実となっている.我が国の常在菌研究は,光岡知足博士らによる腸内細菌の系統的研究(腸内細菌学)が進められた1960年代に始まる.1980年代には,PCRによる細菌の16SリボソームRNA(16S rRNA)遺伝子を指標とした培養を介さない解析法が開発された.このメタ16S解析(細菌叢の16S rRNA遺伝子を一括解析する)で検出された菌種数が培養法での菌種数を大きく凌駕し,ヒト腸内細菌叢には多くの未知“難培養性細菌”が存在することが示された.一方で,16S解析で検出された個々の細菌の性質や機能はそれらを培養しないかぎり知ることはできない.この細菌叢研究の限界とジレンマは長い間多くの未知細菌を手付かずのままにした.これは土壌などの他の環境細菌叢も同様であった.そして,この限界を打破する土壌細菌叢のメタゲノム(全構成細菌の集合ゲノム)から有用な遺伝子を探索する手法が1998年に提唱された.ここで使われた“メタゲノム”は特定の遺伝子を狙い撃ちするためのリソースを意味し,2004年に発表された海洋細菌や鉱山廃液細菌叢の遺伝子をショットガンシークエンスで枚挙するメタゲノム解析とは意味合いが異なる.そのため今日では,前者を環境ゲノミクス,後者をメタゲノミクスと区別する方向にある.一方,ヒト腸内細菌叢のメタゲノム解析は2006年と2007年に米国と日本のグループにより相次いで論文となった.ここに,半世紀に及んだ個別菌の培養や菌種中心の常在菌叢研究は,今や全体構造や機能(宿主への作用)を究明するヒトマイクロバイオーム研究へと変貌した.
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