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特集 先生は大変だ―「先生たち」のメンタルヘルスを通して見えるもの
先生はえらいのか
内田 樹
1
1神戸女学院大学
pp.813-814
発行日 2024年12月5日
Published Date 2024/12/5
DOI https://doi.org/10.69291/pt50060813
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というお題をいただいた。これは「修辞的疑問」であって,「否」という答えをあらかじめ含意している。私は『先生はえらい』という本を書いたことがあるので,その論旨を批判的に吟味しろというリクエストと解した。
私の本をお読みになった方はご存じだろうが,『先生はえらい』で私が主張したのは,教育は教える側と教えられる側の「非対称性」を前提にしないと成立しないということである。
「非対称性」という文字を見ると勘違いをする人がいるかもしれないが,ここでいう「非対称性」は権力的な上下関係のことではない。教わる者は,教える者が「教えるつもりのなかったこと」を学んでしまうという不整合のことである。でも,こんな説明では意味がわからない。『先生はえらい』から引用しておこう。
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