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I 「正義」と「社会正義」
社会正義について論じるとき,多くの人は言葉の意味やその捉え方に迷いが生じるのではないだろうか。日本語の「正義」と「ジャスティス(justice)」には大きな違いがあり,背景やイメージも異なる。日本語の「正義」は,儒教思想に由来し,人としての道理や倫理的な価値を指すが,英語の“justice”は必ずしもそのような意味だけを持つわけではなく,法律や制度に基づいた公平さや正しさを意味することが多い。そのため,“justice”をそのまま「正義」と訳出すると,日本語の「正義」とは少しズレが生じてしまう(蔵岡ほか,2023)。さらに,日本語の「正義」という言葉にどこか距離感を覚える人も多いことだろう。日本語の「正義」は「正義をふりかざす」「正義の暴走」といった一方的な価値観を押し付けるマイナスイメージで語られることが多く,そのためか日本では正義について語ることへの忌避さえ感じることがある。
さらに「正義」と「社会正義(social justice)」が混同され,「社会正義は特定の価値観を押し付ける支援だ」という見方に出会うこともある。しかし,本来の意味に立ち返るなら「社会正義」の本質は,「正義」という個人の道徳感情や価値観を超え,社会の公平性や公正さを維持し,促進するための制度や仕組みをどのように,合意を得ながら設計するのかというところにある。朱(2023)によるとRawlsが提唱した「公正としての正義」は,属人的な意見や感情を超え,社会のインフラのように絶えず働き続ける仕組みや制度のことを指しており,「正義」と「社会正義」の違いを理解することを助けてくれる。「公正としての正義」は社会の制度や構造の公正性を追求する理念であり,その発展の過程で社会運動を通じ,制度だけでなく,実際の社会的不平等や差別の解消にもつながる「社会正義」の実践へと広がっていったといえるだろう。
このように「社会正義」は,単なる個人の道徳感情や価値観だけにとどまらず,社会の制度や構造の不平等の是正を目指す。これを心理支援にあてはめると,心理支援を通じて出会う不平等や差別,格差に対して,社会の仕組みやシステムに変化を促すことによって是正を求める実践であるといえるだろう。そのため実践の場において,心理支援者は自分の個人的な価値観や信念をクライアントに押し付けることはせず,不平等や構造的差別を維持している社会の仕組みに対して非中立の立場を取ることが求められるのである。とはいえ,不平等や構造的差別に向き合おうとする実践には,時に慣習や強固なシステムが立ちはだかることも多い。これについて和田ほか(2024)は,社会正義の実践とは,ためらい,迷い,疑心悪鬼になりながら,自身の内面や時代精神を凝視し,他者の声に耳を傾け,既存の前提知識や限界に挑戦しながら模索するものであると述べている。クライエント(以下,Cl)を取り巻く環境や社会にも働きかけ対話を重ねながら,地道に理解や合意を深めていくことが,社会正義を実践する道筋となるだろう。特に傾聴し丁寧な対話を重ねていくという面接室の中で発揮してきた私たちの専門性は,面接室の外でも発揮しうるための実践のヒントとなる。
なお,社会正義への専門職としての責務や倫理について,近接領域の職能団体においては明文化されており,社会正義の実現に向けて社会と責任を共有し,意識を高め,社会に発信するよう求められている(日本看護協会,2021;日本社会福祉士会,2020)。日本臨床心理士会の倫理綱領(2009)には,基本的人権の尊重,差別の禁止,自らの価値観を強制しないことなどが明記されてはいるものの,社会とどのようにつながり責務を果たしていくのかはさらなる議論が必要ではないだろうか。

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