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特集 ソーシャルジャスティス――誰のための/何のための正義か?
社会運動と臨床の連続性――アクティビズムと個別性のあいだで
梨谷 美帆
1
1カウンセリング・ラボSORA
pp.420-424
発行日 2026年7月10日
Published Date 2026/7/10
DOI https://doi.org/10.69291/cp26040420
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私は臨床に携わる一方で,セクシュアル・マイノリティの支援活動を通じて社会運動にも関わってきた。だから,ソーシャルジャスティスと臨床の関係は,抽象的な理論の話ではない。社会運動に関わると,それまで個人の問題として処理されてきた苦しさが,差別や抑圧,制度や規範のなかで生まれていることが見えてくる。
他方,臨床の場では,その理解がどれだけ正しくても,それだけでは届かない苦しさに出会う。頭で「正義の理屈」はわかっていても,身体はすくみ,言葉は出ず,似た場面でまた黙ってしまう。そういうことは珍しくない。
本稿では,社会運動に関わる臨床家として,私は何を見て,どこでモードを切り替え,個別性をどう扱おうとしているのかを書いてみたい。

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